エムエースの閉鎖空間

エムエースの閉鎖空間

イライラ・モヤモヤがたまった時が更新のタイミング

Amebaでブログを始めよう!
どうなるんだろう。

家族は悲しむだろう。

母は悲しみのあまりおかしくなってしまうかもしれない。

父は自責の念にとらわれて仕事をやめてしまうかも。

弟は泣くだろう。祖父の死の際に泣かなかった弟も。

祖父母も悲しんでくれるだろう。

友人はどうだろう。

というか、友人たちに連絡が行くのって結構後になるんだろうか。

きっと皆まず驚くだろうね。

バカなことをしたと言って僕を責めるだろうか。

いったい誰が葬式に来てくれるんだろうね。


最近希思念慮が強くこんなことを考えてばかり。
わざわざこんなブログをブックマークしてくれてる身内勢の方、どうも。

アクセスカウンターを回さない方法があるのかもしれないけど、

アクセス解析にはちゃんと出てるんだよね。

ブックマークから43回も来てるらしいね。

あのさ、別に見てもらってかまわないんだけど、こっそり見るのはやめてくれない?

このブログは僕の内面を隠すことなく書いてます。

知らない人がこのブログ見ても、リアルの僕を知らないから別にいい。

でもリアルの僕を知ってる人がこのブログをのぞき見るのはフェアじゃないよ。

現実世界での付き合いって、内面をある程度隠してるから成り立つと思うんだ。

こちらの内面を一方的に見る琴浦さんのような能力は二次元だけに留めておいてほしい。
最近希思念慮が復活してきた。

一人。寂しい。孤独。死にたい。ってなる。

こんなのまだまだ甘ちゃんなのかもしれないけど。

でもそんな時、ツイッターでアムカやODしてる人の呟きを見ると、

「ああ、自分はまだその域には行ってない。まだマシ。」って安心できる。

落ちている時、病んでない一般人から何か言われてもほとんど心に響かない。

自分より病んでる人を見た方が安心するんだよね。

その人には悪い言い方だけど、こちらもいっぱいいっぱいなんだよって言い訳しとく。
ほんとバカだ。

TL遡って勝手に憂鬱になるなんて。

お前には関係ないだろって。


嫌いになろうと思ってもできないから悩む。

男女の友情って自分たちが思ってる以上に危うい。

愛情に勝る友情なんてない。

友人以上に大切な人ができればそれで終わりなんだろうか。

残されて未練たらたら言うのはおそらくこちら側だろう。年齢的にも。

だからこそそれが輝いてる時間は楽しく、貴い。
いい本だった。

重ね合わせて読んでしまった。

もし僕の前からいなくなってもこの本は残るんだな。なんか安心した。

「この世界のいいところを、美しさを、ちゃんと求めてほしい」

僕にはこの一文が特に心に響いた。

なんの脈略もなくこんな文章を見ても何も感動しないのに、

この本を読んできた読者ならこの一文の存在感は圧倒的だと思う。

それが本のいいところなんだね。

最後の「宿る」って表現も、最高に洗練された言葉のように感じた。

小説家って凄いんだな。


まだ読後の余韻が残ってて、少し憂鬱に近い気分。

でもこの憂鬱は、僕の人生に彩りを与える「いい憂鬱」なんだと思う。


「九つの、物語」 橋本紡