こんにちはー。
やっぱり細かい作業が好きなばみゅーたです。
今絵の下書きをしているのですが、
見る限りこれは確実に色塗り苦労します( ̄  ̄ ;)
なぜか細かいところにまでこだわってしまうんです。
そして、いくら後で自分の首を絞めようが、
こだわって描いている瞬間は苦じゃないんです。
これは夜が長引きそうだ・・・
この間、日比野克彦さんというアーティストを授業で取り扱いました。
その中で、「HIBINO EXPO」という展覧会に向けて
製作する日比野さんをおさめたビデオを見ました。
彼がおもに画材として使っているのは段ボールでした。
その段ボールに、自分の作りたい作品の製図を
フリーハンドでおこない、
絵具やクレヨンで塗って作っていました。
彼はワークショップにも力を入れており、
彼のアトリエに一般の人も招いて、
展覧会に出す作品を一緒に作ってもいました。
具体的には、あるテーマを参加者に示し、
それに基づいて段ボールを用い作品を作るように促していました。
彼の制作中の場面や出来上がった作品を見ていると
なんだか懐かしさがこみ上げてくるのです。
作品の中には、段ボールを用いた作品のほかに、
立方体の段ボールをたくさん積みあげて出来たタワーだとか、
砂場をイメージしたスペースに
無数の砂山トンネルあしらったものだとか、
子供のころの遊びを思い出すようなものばかりです。
色づかいもとてもカラフルで、
見ていてとてもわくわくするものばかりでした。
子供の遊びって、とても簡単にできるものだし、
頭を使うほどの複雑さはないけれど、
彼らにとって十分に楽しめるものなんです。
そして、子供という時期を
とっくの昔に終えてしまった私たちにとっても、
楽しませてしまうことがあるものなんです。
そのときの「楽しい」という気持ちは、本当に純粋なもので
大人になるにつれて覚えてしまう
人と争い勝ち上がることで得られる優越感とか、
人を侮辱することで感じる爽快さとかは、
この気持ちの前ではちっぽけなものに思えてくるのです。
そんなとき、どうして人は、
いつまでも子供のころに抱いた純粋な感情を持ち続けることが
難しいのだろう、なんて思ってしまうのです。
だからこそ、彼の作品を見ているだけでも
無意識のうちに気張っていた心が
ほぐされるような気分になるのです。
人が楽しさとかうれしさを覚えるポイントなんて、
結局はありふれているものなのかも。
だから無理に気持ちを盛り上げて楽しもうとするよりも、
自分の気持ちが弾むようなことを思いだしていけば、
心からの「楽しい」には自然とありつけるのかもな・・・
そんなことを考えてしまいました。
なので、この授業についての客観的感想を
レポートに書かないといけないのですが、
どうしても中身が精神寄りの感想になってしまうし
なんか気持ちの収集つかなくなるし・・・
どうにかして、客観的に!!考えようと!!頑張っているところです・・・
レポートやだー(iДi)客観的ってなんだー(ノДT)
でも今は下書き終わらせることが先です・・・
出来れば色塗りまで入りたかったんだけど・・・
いろいろ立て込んでますががんばります・・・(TωT)
BGM: B'z "夢見が丘" "消えない虹" "Brotherhood" "スイマーよ!!" "ハピネス"