プレドニンの内服を始めても、

さくらの便色は一切変化なしだった。

主治医に

「ステロイドの増量により胆汁が出るようにならないか」

と掛け合ったが、それは意味がないと思うと返された。
ランダム試験の結果、ステロイドの量が多いからといって必ずしも
胆汁の分泌には結び付かなかったらしい。


ステロイドは副作用が強い。
免疫抑制効果で感染症に弱くなるし、

長期に渡る服用では成長障害が出る。
ステロイドにすら望みを託せず、

ジリジリとした焦燥感を抱えながら一日一日を過ごした。


更にダメもとで主治医に

「ステロイドの内服以外に、治療としてできることはありますか?」
と質問。
「ありません、次は移植になります。」とバッサリ切られ、

心底みじめな気持ちになった。

頑張れど、期待すれど空虚。


その後他の外科医が回診に来たとき、

私はもうやけっぱちに「もう減黄無理ですよねー。」と
軽口を叩いてしまった。一種の強がりだった。

外科医は私の真意を察してか、静かに話し始めた。
「経過は本当に人それぞれ。時間をかけて、

 これからゆっくり減黄していく子だっているんです。
 辛いとは思いますが、

 お母さんが望みを捨ててしまわないで。」と励まされた。


術後封印していた涙が久しぶりに込み上げ、

さくらを抱っこしながら、皆が行き交う病室で
ひとり静かに泣いた。

私が信じてあげなくて誰がこの子を信じるのかと。
傷付きたくなくて、希望を持つことすら控えていたけど、

私が諦めたら誰が頑張るのかと。

涙は流れても流れても止まらなかった。
さくらに謝った。
ごめんね、いちばん辛いのはお母さんじゃなくてあなただね。


迎えた術後2週間の面談。
投げ出さない心を取り戻したとはいえ、

さすがにどういう話になるかおおよそ見当はついていた。

担当医は採血結果のデータを差し出し、説明を始める。

「やっぱりビリルビンが下がらないです。(T-bil 9.81)
 術後いちおう一番高い時期は過ぎましたけど、

 減黄…要するにビリルビンが
 トータルで2以下になりそうな動きではないですね。
 手術の影響で上がったと思うので、しばらくは緩やかに

 黄疸も下がる可能性がありますが、
 どこかのタイミングで底を打って、

 じわじわ上がる展開になるんじゃないかと…。」


「ステロイドパルス療法はどうですか?何か他の手立ては。」
「パルスは…一度減黄できたけど黄疸が再燃しちゃった

 パターンには有効ですけど、さくらちゃんには当てはまらないです。


 以前はもう一度葛西術をやって、

 もう少し肝臓の奥まで掘って胆汁が出やすいところを
 探すような試みもやってましたけど。
 ただそれも却って臓器の癒着が酷くなるだけで、

 移植手術のリスクが上がるという見方が
 最近の主流で、うちはあんまりやらない方針ですね…。


 お母さん、移植外科にコンサルテーション進めてもいいですか?」


万策尽きた――。
いっそのこと、早めに移植外科との面談をセットして頂くよう依頼し、
カンファレンスは終了した。


病室で呆けていると、ひとりのナースさんに声をかけられた。
面識のない方だった。
なんと、さっそく移植コーディネーターの方が来てくれたらしい。
面談日程の調整をしながら、色々な雑談をしてくれた。
移植は厳しい医療だけど、成育には移植を経て元気に

幼稚園/学校へ通う子がたくさんいますよ、と。


私はそれまでどうしても移植の負の側面しか見ていなかった。
移植で命を落とす危険性があるし、

その後だって一生涯通院と服薬が必要。
追い込まれて追い込まれて、最後に残ったきわどい手段

というイメージ。

コーディネーターさんは私の心情を推し量って、

移植の明るい側面を話してくれた。


帰りの電車。
移植はいずれ不可避と覚悟を決めるなら、

私自身が移植のことをしっかり理解し、
できれば明るい気持ちで前に進めるようにしよう、と思い至った。