翌日、2013年5月14日。
移植外科医師と、初めての面談である。


ロマンスグレーという表現がお似合いのDr.は、
パワーポイントの資料を使いながら
移植全般について説明をして下さった。


移植の歴史、生体肝移植について、ドナーについて、
レシピエントの手術についてなど。
事前に病院からもらったハンドブックの他、
専門書まで読み込んでいたので、
その内容自体は復習がわりだった。


なお生体肝移植とは、「健康な人(ドナー)から
肝臓の一部を取り出し、
臓器を受け取る患者(レシピエント)に移植するもの」
である。


小児肝移植の成功率(移植後5年の生存率)は、
一般的に80~85%。
成育では希少疾患や劇症肝炎等難しい症例の子が多いが、
それでも全体で92%の生存率。
これを高いとみるのか、10人に1人は
生きられないとみるのかは難しいところだ。


何しろ、スタート時点でさくらは1万人に1人という
確率を引き当てている。
一般的な確率はどうあれ、その子にとっては
自分の現実が100%でしかない。


とはいえ、移植適用とは高確率で
「移植しなければ生きていけない」ということを
指している。さくらの場合もまさにそう。
このまま手をこまねいていれば、
肝不全により2歳前に天国へ行ってしまうだろう。


つまり移植は恐怖というより、
普通に考えたらチャンスなのである。



質疑応答の時間はとても貴重なものとなった。
一般論ではなく、さくらの場合はどうなのか。
私は焦って質問を度忘れしないよう、
事前にレジュメをまとめて持参しており、
Dr.はそれが全て終わるまで根気よくお付き合い下さった。
記録としておおよその質疑を下記にまとめる。


1. いつが「移植すべきタイミング」か?
体重6kgを超えることが、手術を安全に行う
一つの目安となる。
ただし「哺乳がしっかりできない」「体重が増えない」
「血中アンモニアが溜まってくる」
などの所見が見られれば、それは肝臓が
うまく働いていないことを意味するので、
体重増加を待たず移植してあげた方が良い。

状態が悪くなりすぎてから移植するよりも、
比較的良いうちに実施した方が
術後の立ち上がりがいい。
また、消化管からの出血(吐血・下血)があった場合には
緊急に移植が必要。

さくらはその頃体重が1ヶ月ほども伸び悩んでおり、
早ければ6月下旬にも移植と言われた。


2. ドナー選定の諸条件の優先順位
主に倫理上の観点から、「関係の近さ」が重要。
(生体ドナーは三親等内家族に限る。)
同じ臓器は二度と提供できないため、
親→祖父母→おじ・おばの順で検討するのが通常。

血液型…2歳以下の移植であれば、
血液型不適合(例:A型→B型)でも問題ない。
HLA(白血球の血液型)…肝臓の場合はさほど重視しない。
稀にNGな組み合わせがある程度。
ドナー年齢…ドナーは若いほど肝臓の予備能が高いと
 推察されるが、60歳くらいまでであれば問題ないと考える。
 術後成績には関係ない。
肝臓サイズ…受け取るのが小さい赤ちゃんなので、
 あまり体格が大きいドナーの肝臓だと
 入らないことも。トリミングして小さくできるが、
 元の大きさが小さい方が良い。


3. 脳死移植について
希望があれば登録は可能だが、
実際提供に至るかは難しいところ。脳死提供が少ない。
生体移植と並行して考え、ある程度期限を決めて待ち、
ドナーが現れなければ生体肝移植。


成育では過去に脳死移植は10例実施。
うち7件が劇症肝炎。(←緊急に移植を要する状態)
待機者には病状に応じ点数がつけられるが、
最高の10点はICUで全身管理が必要なほどの状態。
胆道閉鎖症など、ゆっくり進行する肝硬変の場合は、
通常6点程度。


ただ小児の場合、
「小児ドナーの場合は小児レシピエント優先」
「ドナー肝臓が大きい場合、分割移植といって、
小さい一部を頂ける可能性がある」など
大人の患者と比較すればまだチャンスはあるほう。
生着率は生体と変わらない。


4. サイトメガロウイルス陽性の場合は
 移植に悪影響があるか?
(普通の人では問題にならないウイルスでも、
 免疫抑制下では肺炎などを引き起こし
 致命的になる場合がある。)


抗ウイルス薬(デノシン)という対応策があるので、
現在は大丈夫。


5. 「免疫寛容」について
(その直前、北大と順天堂大の合同チームが、
 移植後免疫抑制剤を使わなくても
 拒絶反応が抑えられることについての研究成果を発表していた。
 私は「免疫抑制」に強い拒否感情があって、
 避けられるなら避けたいと思っていた。)


子どもへの実施はまだまだ先になるだろう。
(ドナーの血液、それも白血球を体内に入れることには
 そもそもリスクがある。)
将来的にメリットに浴せるかも、現時点ではわからない。


子どもの場合は、普通に移植しても数年すれば
免疫抑制剤なしでよい事例もあるが、
免疫抑制剤を服用しないと、肝臓の数値は安定していても、
年単位で見ると肝臓の線維化が進んでいるケースがある。

成育では、例え飲んでいるか飲んでいないか
わからないくらいの微量であっても
免疫抑制剤を服用し続け、リスクを減らす方針。


6. 葛西術時、中心静脈カテーテル(CV)が
 入れられなかったのだが、移植術時は?
CVを入れられる血管はいくつか候補がある。
事前にエコーで見極めておけばまず問題ない。
どうしても難しそうなら、
移植の前にCVを入れるためだけのオペをする手もあるが、
恐らくそこまでの必要はない。


7. 内臓逆位でも大丈夫か?
それ自体は問題にならない。
内臓逆位レシピエントへの移植実績も2例ある。



Dr.は「退院できれば、胆道閉鎖症の子の場合、
命を落とすことはほぼない」と言った。

術直後は、拒絶反応を抑えるために大量の
免疫抑制剤を投与することになる。
ただしそれは、非常に感染しやすくなるという
リスクを抱えることにもなる。

拒絶反応と感染症。
相反する2つの要素を、綱渡りのように慎重に慎重に
バランスしていく必要がある。


術後、命を失う原因として最も多いのは、
感染症だという。
抗ウイルス薬のような手立てのある感染症もあるが、
人間にとって排除できない存在である
腸内細菌を発端とした敗血症になり全身に
炎症が広がってしまうと、手の打ちようがない。

その他手術そのものの合併症もある。
まずは無事ICUを出ること、そして退院すること。
退院さえできれば、その後も山あり谷あり
入退院することはありえるが
生命の危機にまではそうそう及ばない。

3ヶ月もすれば免疫抑制剤の量も落ち着いてくる。
術後1年で一区切り、そしていったんの安心、
ということになるだろうと。


移植は「絶対に助かる」医療ではない。
リスクが高い。
だからこそ、後悔しないためにきちんと
理解しようと決意していた。

面談の一回一回も心残りがないように、
何でも質問しようと。
結果、初回は2時間半にも及んだ。
後から聞くと初回としては平均的な所要時間らしい。
それほど事前に押さえておくべきことが多い手術、
覚悟すべき治療ということだろう。

ご多忙の折時間を割いて下さったDr.も疲れただろうが、
我々も知恵熱が出そうなほどグッタリした。

ただ気持ちはしゃんと前を向いていた。