術後説明。オペ室の面談ブースにて、執刀医が切り出す。
「まず、中心静脈カテーテル(CV)を入れる予定でしたが、
さくらちゃん、
ちょっと血管の走行に異常があるのか…入りませんでした。
左右どちらも試したので首に4ヶ所も傷がついちゃってます。
カテーテルはICUで、腕か大腿から再挑戦してみますね。
末梢の点滴からはハイカロリー輸液入れられないんで…。」
Dr.はサクサク説明を続ける。
「あとですねー、さくらちゃん、実は『腸回転異常症』
といって、 腸が通常の場所に固定されてない状態でした。
腸閉塞が起きそうなほど位置が捻れているところは
なかったです。
いわゆる盲腸のとき、普通の人と違う場所が痛くなって
気付かれないと困るので、
強い腹痛の時はお医者さんにこのこと伝えて下さいね。
でもわりとよくある話なんで、全然問題ないです!
こういう手術でもしなければ一生気付かない
くらいのことですから。」
「そしてですね…」
Dr.は同じトーンで手術本体について語った。
「肝臓の、胆管が出ているところをちょっと掘り返して、
そこに受け皿みたいな感じで腸をくっ付けました。
肝臓はやっぱりちょっと硬くなっちゃって、
肝硬変が進みつつあるって感じでしたかね…
そんなすごく固かったわけじゃないんですけど。
で、肝臓の胆汁が集まるところあたりを
グリグリしたんですけど…
さくらちゃん、あんまり胆汁出てこないかな~
という印象でした。
出る子は少し掘り返しただけでも黄色く
溢れんばかりに胆汁出るんですけどねー、
ちょっとそういう感じじゃなかったです。
肝臓の組織を少しだけ採って肝生検に回すので、
病理医からもコメントが来ると思います。」
……………………………
私は知っていた。
術中、胆汁の旺盛な分泌が確認できない
それは良い所見ではないということを。
肝臓の中にある、胆汁を集める細い管(肝内胆管)が
詰まり気味、あるいは低形成であることを、
高確率で意味すると…。
そしてそれは持って産まれた肝臓で長く生きるのは難しく
未来の移植につながりうるものだということを…。
私は低く静かな声でその旨を質問した。
「ま、現時点ではこれからの出る/出ないは
わからないですから。まずは経過を見ましょう。」
それはそうかも知れないが…
はっきり言って血の気がひいた。
胆道閉鎖症の診断確定時、前を見据えて歩こうと
割り切れていた心は、早くも完全に打ち砕かれた。
ジェットコースターのように乱高下する感情。
どちらかというと自分は感情のコントロールが
得意な方だと思っていた。
だがこの日はもう完全にやられてしまっていた。
もうダメだ。
手術という、痛くてつらいことを乗り切ったと思ったのに…
早くに葛西術できたからきっと大丈夫と自分に
言い聞かせていたのに…
もう移植が見えてる。
そんなんだったら今日手術しなくたって良かったよ…。
面談室を出、長男の面倒を見るため先に帰ってくれた
私の両親に手術が無事終了したことを電話した。
待合室のドアノブに手をかけたとき、とうとう
心が壊れてしまい、私は声にならない声で泣いた。
大粒の涙がボタボタ音を立ててこぼれ落ちた。
その時たまたま夫が通りかかる。
私の様子に気付き、そっと肩に手を置いた。
「胆汁があんまり出てこなかったって…
全然前向きに捉えられないコメントだと思いませんか?
せっかく…せっかく早く手術してあげられたのに…
さくらちゃん…頑張ったのに…
もうこんなにつらいことは、
今回で終わりにしてあげたいんです!
移植に…移植になっちゃったらどうしよう…。
なんでちゃんと産んであげられなかったんだろう…。」
私は泣きじゃくってしまった。
その時たまたま執刀医が通りかかり、
「あ、お母さん、大丈夫ですか?
腸回転異常症とかいろいろ言っちゃったから
びっくりしちゃったかな?
ショックかも知れませんが、
手術はちゃんと終わりましたから!
さくらちゃんの前では笑顔でいてあげて下さいねー。」
と言って立ち去った。
……いや、
ポイントそこじゃないよ!
この「わかってもらえてない感」は凄まじく
孤独なものだった。
この人にとっては、私なんて「ささいなことに
動揺するお母さん」にしか見えてないんだな。
それとも、術中に胆汁があまり出てこなかったことが
そもそも些細だとでも?
Dr.にとっては「しかるべき処置をして、
ありのままを述べた」だけなのだろう。
術後の経過を見ないと減黄するかどうかわからないのは
真実だろう。
それでも、その所見で私が受けたショックは本当に
破壊的なものだった。
(しかも実際に、その悪い予感は的中する。)
外科の担当医はやるべきことをきちんとやって下さるし、
その後も病棟では頻繁に顔を出して直接
コミュニケーションをとって下さった。
率直なだけで、いわゆる悪い人では決してなく、
信頼関係を築けた。
そうなんだが、この時は所見で絶望に突き落とされ、
その後のコメントで孤独に追い込まれ
私の心はかつてないほどダメージを受けてしまった。
「さくらちゃんの前では笑顔で」
いたかったが、作り笑いをする元気もないまま、
隣接するICUの入口に立った。