「成育医療研究センター消化器科の○○です…」


冷や汗が出た。
わざわざ電話なんて…、容体でも急変したのだろうか…?


「実はつい先ほどまでカンファレンスがあり、院長以下、

 外科や放射線科も交えて
 さくらちゃんの治療を今後どうしていくか話し合いをしました。
 胆のうの大きさが空腹/満腹時で変わらないこと、

 また便が白っぽく戻ってしまっていること
 血液検査結果も少しずつ悪化していること…

 これらを踏まえて、早めに胆道造影を
 してあげた方が良いということになったのです。

 お母さん、急ですが…

 

 明後日の木曜、手術をしませんか?」


頭がついていかない、ってこういうことだ。
消化器科は前々から「さくらは胆道閉鎖症じゃない」

という可能性になるべくかけてくれていた。
ただ、外科はオペなら早い方がいいというスタンスなのは

知っていた。
白色便とビリルビン値の上昇で、

手術を先延ばしにする理由がなくなってしまったとのこと…。

……………


あまりにも急な話で、何とお答えすればよいのか、

質問すればいいのか戸惑った。
ただ、日頃からさくらの様子を丹念に診て、

親にも懇切丁寧に話してくださるこの Dr.がオペを勧めるなら…

素人が断る合理的な理由なんて、ない。


まずは、明日朝一番で病院に向かい、

消化器科と外科のDr.からそれぞれ説明を受けることにした。



翌朝、4月24日。
もやもやした気持ちを抱えたまま、車が首都高を走り抜けていく。


手術は本当に、今なんだろうか?

消化器科のDr.は落ち着いた口調で切り出した。


――――――――――――
胆汁うっ滞を起こす病気の中でも、一番時間を気にして

動かなくてはいけないのはやはり胆道閉鎖症です。

ほかの病気なら、ゆっくり対応していくこともできますが…。


胆道閉鎖症の場合は、生後2ヶ月以内に手術(葛西術)が

必要と言われていまして、さくらちゃんの場合明日で

生後38日なので、とても早い方なんです。


直接ビリルビン値が高くなるのは、胆道閉鎖症のほか、

アラジール症候群、シトリン欠損症などがあります。
遺伝子検査は結果が出るまですごく時間がかかる(数ヶ月)

ので、揃うのは待てません。


アラジール症候群としては、骨格や目/心臓などに

異常が出る場合が多いですが、これらは大丈夫でした。
シトリン欠損症は、血液中のAFPやフェリチンが高く、

凝固能と血糖値が低くなることが多いのですが、
さくらちゃんの場合は当てはまりません。


また、胆汁酸代謝異常という病気もありますが、

血中胆汁酸の値が高いので、これも確率は低いと思われます。
他に、サイトメガロウイルス(CMV)の感染でも肝炎が

起こることがありますが、検査結果にはまだかかります。
その上胆道閉鎖症とCMVが併存していることもあるので、

CMV陽性だからといって胆道閉鎖症でないとは言い切れません。

「胆道閉鎖症」というのは、単に胆道が詰まっている病気…

という状態を指すざっくりした言葉です。
今後原因が解明されていくと、実はいくつかの違う病気だった

ということもあるでしょう。
今はそれがわからないので、まとめて呼んでしまっているだけで。

ただ、何が原因で胆道閉鎖症になったとしても、

やってあげられる処置は葛西術、それだけです。

今回の胆道造影で胆道が通っていたとしても、

今後閉じてしまう可能性があります。
それでも、エコーで胆のうの形を見、うんちの色がまた

白くなってきてしまったことも考え合わせると
やはり今のタイミングで一度開腹手術ということをお勧めします。

今日の血液検査も、総ビリルビン6.64と、

これまでで一番高くなっていますし。
もちろん、ご家族が手術を拒否することも可能ですが…。
――――――――――――


手術は本当に、今なんだろうか?
もし明日胆道造影して通っていた場合でも、

それは手放しで喜べないということか。


「いま我々はとても不安な気持ちを抱いています。
 いろいろな病気の可能性がある中で、

 胆道閉鎖症だけは嫌だなというのが正直なところです。
 ただ、胆道造影されても、その後のことはわからないんですよね?
 我々が安心できるのは、いったいいつなんでしょうか?」


Dr.は少し考えてから告げた。
「安心していただけるのは…、どんな場合であっても、

 減黄できた時のみです。
 胆道閉鎖症の場合、葛西術後、早ければ2週間で

 黄疸が治まります。
 もし胆道造影ができたら、これまでの検査結果を

 待つことに加えて、薬での治療も開始します。
 ウルソのように、胆汁をさらさらにして流れやすくする薬も

 使えるようになります。
 それでビリルビンが下がれば、やっとご安心いただける

 ということになるでしょう。」


安心できるのは、まだまだ先なんだな。
一日を争って早くここまで来たけど、まだまだ先は長いんだ…。
メモを取りながら、軽いめまいを覚えた。


さくらは胆道閉鎖症なんかじゃない、そう信じて

ここまでの入院生活を乗り切ってきた。
だけど、足元の砂が波にさらわれるように、

その「信じる気持ち」の足場が崩れていく。


「さくらちゃんが胆道閉鎖症であってほしいと思う人なんて

 一人もいません。違った方がいいんです。
 ですが、もし本当に胆道閉鎖症なら、

 早く手術をしてあげないといけない。」


「先生、あえて数字でお答えください。
 さくらが明日のオペで胆道閉鎖症だと診断確定される確率は…

 どのくらいだとお考えでしょうか?」
Dr.は一瞬、言いよどんだが、私の様子を見てこう答えた。


「正直…8割、そうだと思っています…。」


8割……
そうなんだ、もうそんな風に思われてるんだ。
平静を装ったが、予想よりはるかに高い数字を提示されて

私の心は大きく動揺した。

そうか、手術は…今やってあげないといけないんだね…。
避けられるものなら避けてあげたかったけど…。


「わかりました…。明日の手術に同意します。」