日常
なんの変哲も 何の起伏もない 日常。
その日常に 小さいイライラと 小さい忍耐と 小さい不満と
小さい焦燥感と 小さい寂しさが
凝縮されてゆく。
誰に 見守られるわけでもなく
誰に 諫められるわけでもなく
そのまま夜中になり
そのまま朝になり
同じことの繰り返し
時々 笑うことがあったり
時々、涙ぐむことがある程度
怒ることは 日常でも
泣き叫ぶことは いつの日か
制御されている
どんなに 苦しい時でも
協力な制御システムが作動して
涙は阻止される
本当は 泣きたいほど きついのに
でも
泣く 暇 が ないのだ
私が 一瞬でも 手をぬくと
時間が水のように流れて
後始末が大変になるだけだ
時間とのたたかい。
時計を見ない 分 は ない
「何時何分」 「あと何分であれをしよう。これができる」
毎日
この繰り返し
隙間時間で
娘の質問に答え、
イライラしながら また 時間を取り戻そうと
躍起になる
こんな 言葉を 羅列したいわけじゃない
こんな 陳腐な言葉じゃ 表現しきれない
違う
傍らで 娘が 咳をする
すぐに布団へ戻る
こんなままじゃ
納得できる ストレス発散できるような
言葉が飛ばない
違う
ピアノを弾くような
弾むような言葉が出てこない
この日常に ストレスだ
私は 16歳は ピアノで 発散
20代は 乱筆だった
飛ぶような言葉たちを
パソコンで飛ばすのが
爽快だった
それが今はできない
それが最もつらい日常。
なんの変哲も起伏もない 日常でも
ゆったりと言葉を紡ぎだせる 「ひととき」 が
持てれば 私は きっと 満たされる
それが きっと 明日への 活力に なるのだ
今はまだ きっと 忍耐の時
いつか言葉を取り戻せる日々が来るだろう