(2008年1月)
早朝、彼女を駅まで送っていき、その帰り道に初日の出を見た。元旦にこうしたゆっくりとした時間を感じるのは、何年ぶりのことだろう。大晦日は遅くまで働き、元旦は早朝から、こんな年末年始を繰り返してたもんだから、年が変わることへの感動やらを忘れていたのかもしれない。車を路上の隅に寄せて、少しだけ太陽が昇っていくのを見ていた。いつもの年明けとは違う、穏やかで美しい時間であった。やがて、初日の出は、低い位置から時間の経過と共に、だんだんと自身の位置までゆっくりと上りつめていった。
初めての就職活動は、当然ながら、決して簡単なものではなかった。何からしていいのかも分からないくせに、強がっている自分が情けなかった。しかし、長い間で少しずつ大きくしていったプライドは、そんなに簡単に捨てられるものではない。器用な人間ではないから、これには随分と時間がかかった。これを書いてる今でも感じることだけれど、仕事をしていないということは、本当に恥ずかしいことで、色々な人に対して失礼なことなのだ。大きな声でなんか、とてもじゃないけど言えないし、出来るだけ知り合いとも会いたくなかった。
単線の電車が走る東京都あきる野市。人口8万人の東京最西の市に、この時のおれは住んでいた。元々、前職の関係で住んでいたものだから、仕事を辞めてしまえば、近くに知り合いなどいるはずもない。辺り一面、山々に囲まれ、空気がきれいで、交通などを除けば、非常に良い場所であったと思う。目の前にホームセンターとスーパーがあって、歩いて10分以内に、コンビニもTOKYUも駅もあった。夜は、街全体が真っ暗になり、本当に静かな街となる。後から知ったことであるが、あきる野市は東京都の中で、最も犯罪が少なく、交通事故も少ないようだ。今まで色々なところに住む機会があったけれど、ランキングにしたら上位にくるような、そんな街であった。
あきる野から都心へ。ほとんど、毎日活動をした。面接も説明会も、朝から晩まで、手帳に予定を入れておかなければ、落ち着かなかったし、家で何もすることもない自分は許せなかった。ただ、説明会など、今まで知らなかった分野での時間は、自分にとって有意義なものであった。パン屋の世界しか知らなかった自分にとって、それらはすべて新しい世界で、新鮮であったし、得るものも多かった。自分の可能性を広げていく意味で、この時期に様々な分野での様々な考え方を知ることが出来たのは、非常に大きかったと思っている。
帰りの電車は、余計に寒かった。そして、待ち時間の長さも、気持ちの面で堪えた。拝島で20分以上待つ時は、さすがにしんどかったのを覚えている。東京の中でも、新宿と八王子では、気温が全く違う。何ていうか、風の冷たさというか、とにかく新宿よりも八王子のほうがひんやりしているのだ。そして、秋川から自分の家までの僅か10分ほどの距離も、毎日異常に長く感じていた。
1月は、今まで知らなかった世界を知る楽しさがある半面、仕事を一日も早く決めなければいけないという焦りが非常に強かった。それは、「働く」という行為が、社会の中で自分の存在を認めてくれる場所であると考えていたからかもしれない。どんな仕事をするのも自由、どんなふうに考えるのも自由、こういうものを望んでいく行き方に憧れるけれども、この時はだだっ広い野原に一人立たされて、どこへ行っていいか分からなかった。ただ、この時一つ、自分のそれからにも影響を与える重要なことを学んだ。それは、辛い時、苦しい時、悩みがある時、そういうときに自分自身を救う手段は、最終的には自分自身を信じることが出来るかどうか、それを確信できるかどうかということ。もっと言えば、それしか手段はないのかもしれないと、おれは思った。