基本

信じなくなっていく。

占いや、人からみた私とか、
言われたこととか、未来のことは。

いや、今までは、本当
それに希望をみて安心感を得て
そうなるんだ、よし。

だったけど、その通りになった試しがない。
だからしんじない。

だって結局、
その過程を外側も内側も
全部知っているのは自分だけだから。

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本多孝好の本が好きだ。

危なかっしい、理解され難い、
悲しいようで、悲しくない。

そこにいる人にしか、理解し得ない空間
理解できれば、結末は
悲しくても強くても否定されても
周りからなんと捉えられようと、

そこにいる人には納得のいく、
1番受け入れやすい形で、
話の終わりで、始まるような話。

聡明さ。
1番クリアで、1番自然な
なんの影響も受けまいと
それが何かの為なのか、
何かのきっかけがあったのか、
それぞれだけれど、
そのせいで、その人一人が
存在している事をしっかり示している。


一般の考え方、価値観には
当てはめることなんてできない。
それが理解される世界を
この上なく望んでしまう。


今のところ、
こんな所をだして、
生活が送れる人を私は一人しか知らない。
具体的なところはよく知らない。

それが一般的に言わせれば
楽をしている、だとか
親の脛をかじってるとか、
そんなものに当てはめて、
理解できないのは
社会的に自立して強くなった人で
もう生き抜くすべを、
どこかで妥協して、受け入れて、
型にはめて生きている。

そうやって、一線を置いてみている自分にも気づく。

だから、このままここにいて
いいのかともともう。

いつもいつも、
だいたい中立だ、

こっちの考えも、あっちの考えもわかる。
人よりはちょっと上へ。
だけど染まり切らずに逃げ切る。


だってどっちでもないから。
比較的、意味のあるほうを選んでいるだけ。

だから、自分だけに見えた
自分だけが納得のいく未来が見えても
なんて伝えたらいいのかわからない。

一般的に判断すれば
それは甘えや逃げや、
またどこかで回ってくる課題だって言う。
その社会的な考えもわかる。

それが本質だと感じて
ここまで自分を作ってはきたけど

当時のように、
そこに答えを見つけ出すことが
出来なくて、
でも、ここにこそ答えがあるよって
そんな風に言われたって、
わっかんないです。

でも、そう話してくれた人への
小さな優しさを持ち合わせて、
そうですよね、って
答えを見つけたフリをする。

相手もそれで満足するのだろうと。

自分を突き詰めて、それて
社会と折り合いをつけようとして、

そんな簡単な事じゃない。

何をそんなに考えるんだ、
考えすぎやしないか、
もっとシンプルに
そう言われても

その先イコール社会的オッケーコース。

そんなもの求めていません、

まぁ、今までの自分が
頑張ってそこで通用すは人間に
なっていこうとしていたからね、
そう相手に映るのもわかるし、
引き戻そうとするのもわかる。うん。


でも、それとはまた違う感覚が
自分の中にあるのだから、
そこに、結ばれるもの以外は
どうも、フラットになってしまうし
これこそ自分だ、なんて
一瞬も感じはい。

そうですよね~~なんて言って
本当のところは自分違うよね?って思ってる。

これを、社会的な人たちに
話しても伝わらない、息苦しい、
弱るっつって、鬱みたいな。

なんかもっとこう、
そうゆう、世界が
もっと、表に出てもいいんじゃないか、
でも、出ても、
それが安っぽい様に扱われるくらいに
広まってしまうのも悲しい。

社会的なことなんて、
ほぼほぼ傍観者でいいと思っている。


それでも社会的に求められることが
重たくなるのに、
それに寄り掛かっていた自分がいたから
否定するのは、なんだか薄情で。





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今まで、先が見えていて
それに向かってたって言ったら
なんだか硬いなー、
余裕があった。


なのに、今年は本当に
長年の自分が壊れた。ふぁっく。
壊れまくったー。

表面上には出ないけどね。

壊れましたん。
脳みそ。

自分が欲しいものってわからない。
分かってもなんだか受け入れたくない。
だから全部放棄したいよー

あーあー。
壊れた。

自分と向き合いすぎて
どうにもこうにも、自分に否定しかできない。


前まで自分大好きだったのになー。

泣くにも感情が薄すぎて
涙でてこない。

泣けたら楽なのになー。

こんなに脆い。
泣けない。脆い。



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