周りの景色が異様なものになってきた。
窓がすべて割れてる何かの施設であろう廃墟、
てっぺんまで茶色くなっている木々。
海辺に近づくにつれ、その被害状況が深刻さを増して
TVでは何度も観た光景なのに、
実際に目の当たりにすると感じるものが明らかにちがう。
その落差に呆然とする。

残された無数の建物の基礎だけが
そこに生活する人がいたであろうことを教えてくれる。
志津川病院はもう解体されていた。
やはり解体予定の防災対策庁舎の前で献花と合掌。

そのまま気仙沼に向かい、
陸に打ち上げられたままの大きな船を見上げる。
南三陸と比べると、こちらには流されずとも
あちらこちらの建物に爪痕が残っている。
割れたままの窓からはためく白いカーテン、
二階の住居部分だけが残っている店舗、
打ち捨てられた家が多く見受けられた。
もうあの日から1年以上経過しているのに
止まったままのものがこんなにもある。
多くの人がもっとこの現実を体験してほしいと思った。
