――負けなかった馬の物語


昭和の終わりが見え始めた頃、日本競馬は静かに大きな転換点に差しかかっていた。イナリワンやオグリキャップといった「地方出身の英雄たち」が中央競馬の壁を越え、ファンの熱狂を呼び起こす時代。そんな頃、とある北海道の牧場で、一頭の仔馬が生を受けた。
北海道日高。牧場の空には鉛色の雲が垂れこめていた。朝霧が漂うなか、一頭の牝馬が激しい陣痛に苦しんでいた。牧場主の古川誠二は手袋を外し、じっとその様子を見守っていた。


「時間がかかりすぎてる……母体も子も、危険だ」


獣医の言葉に、緊張が走る。ようやく生まれてきた仔馬は、白い星を額にいただいた栗毛の牡馬だった。しかし、立ち上がろうとした瞬間、古川は異変に気づいた。


「後ろ脚……曲がってる」


右後肢がわずかに外を向いていた。典型的な外反膝。競走馬にとっては致命的な欠陥だった。


「申し訳ありませんが、育成対象からは……」


獣医が控えめに告げる。だが、古川はその馬の目を見て凍りついた。湿った瞳の奥に、燃えるような生気が宿っていた。


「この子は……あきらめん」


牧場の誰もが驚いた表情を浮かべた。血統も目立たず、欠陥持ちの仔馬に期待など抱く理由はない。それでも古川は、頑として決意を変えなかった。


「名前をつけよう。……“シルヴァースター”。泥の中に輝く星だ」


平成元年、競馬界は静かな変革期にあった。外国産馬の参入が加速し、地方競馬との交流も始まっていた。テレビ中継、女性ファン、ウインズの拡大。競馬は「ギャンブル」から「エンタメ」へと変貌しつつあった。


そんな中、シルヴァースターは牧場で特別な育成プログラムを受けていた。脚の負担を避け、坂路は使わず、プール調教を導入。左右バランスを整える独自の装蹄も施された。


古川は、ただひたすら信じた。


「こいつは、どこかで花開く馬だ」


デビューは遅れに遅れて、3歳の初夏。競馬場は札幌。重賞戦線ではすでにクラシックホースが生まれ、シルヴァースターのような遅咲きには注目も集まらなかった。


初戦は9着。2戦目も7着。スタートは悪くなく、道中も我慢できるのに、直線で止まる。ファンの間では「やはり脚のせいではないか」という声も聞かれた。


だが、調教師の田島孝雄だけは違った。


「違う。こいつは、まだ“競馬”を知らないんだ」


6戦目、真夏の福島。単勝オッズは12番人気。重馬場、外枠。条件は最悪だった。


だが、最後の直線、彼は突き抜けた。馬群を縫って、まるで沸騰するように弾けた。


「やっと……開いたか」


田島が呟く。シルヴァースター、ついに初勝利。牧場では古川がスタッフ全員に寿司をふるまい、祝杯をあげた。


「こいつは、ここから始まる」


そこからは、まさに加速の連続だった。


1勝クラスを快勝。2勝クラスでも直線一気で突き抜けた。連勝は3へと伸び、あっという間にオープンクラス入り。


世間の注目も集まり始めた。


「無名の牧場出身の馬が、重賞候補に浮上」
「地方の星、シルヴァースター」


メディアのインタビューで田島は語った。


「特別な馬ですよ。走るたびに“何か”を掴んでいく」


秋、G1「秋の天皇賞」への出走が決定した。夢の舞台。東京の府中競馬場には8万人を超える観衆が詰めかけていた。


人気は4番人気。勝ち負けを意識される位置だった。


レース当日。パドックに現れたシルヴァースターは、明らかに落ち着きがなかった。鼻をフンフンと鳴らし、尻尾を小刻みに揺らす。


スタートはまずまず。しかし、道中で他馬に絡まれ、リズムを崩す。直線では脚が止まり、13着に沈んだ。


古川は無言でテレビを見つめ、スタッフは肩を落とした。敗戦以上に衝撃だったのは、レース後の検査結果だった。


「右後肢屈腱炎。全治1年」


レース後、獣医から渡された診断書を見た瞬間、田島は目を伏せた。
「右後肢の浅屈腱炎。腱の繊維に部分的な断裂。全治、およそ1年。」


腱炎──競走馬にとっては致命傷とも言える負傷だ。再発の危険も高く、完治してもかつての走りを取り戻せる保証はない。
トレセンの空気が急に冷たくなったように思えた。


「……無理はさせたくなかったが、やはりG1は……」


田島の言葉に、古川は黙って首を振った。
「無理させたんじゃない。あいつが、自分から行ったんだ。悔いはねぇよ」


治療の第一歩は、「完全休養」だった。
屈腱炎は“使いながら治す”ことができない。腱の断裂部に血流が集まり、炎症が落ち着くまで、まずは最低3か月の放牧。運動は一切禁止。狭いパドックでの管理となった。


「動くな」という命令ほど、馬にとって酷なものはない。


自由を奪われたシルヴァースターは、最初のうちは激しく柵を蹴った。大きく嘶き、頭を振り、仲間の群れから離されたことに抗議した。
獣医は言った。


「精神面のケアが第一だ。腱だけでなく、心も壊してしまう」


古川は毎日、パドックの外に椅子を持ち出し、朝と夕に小一時間、黙って馬の傍に座った。声はかけない。ただ、そっとリンゴを置き、背中を撫でる。


「お前の脚が治るまで、俺が代わりに走るさ。心配すんな」


やがてシルヴァースターは落ち着きを取り戻し、穏やかに草を食むようになった。


4か月目。腱の炎症が引いたことが確認され、ウォーキングマシンでの歩行訓練が始まった。
一日30分、一定の速度で歩くこと。それだけでも脚への負荷はある。筋力の低下とバランスの崩れが予想されたため、装蹄師は左右の蹄鉄バランスを細かく調整した。


調教師の田島は週に一度牧場を訪れ、馬の動きを映像でチェックした。


「前のような力感はまだ戻らないが、着地の角度がいい。腱をかばってない」


半年後、**トレッドミル(水中ウォーキング)**が始まる。
水の浮力を利用して脚への負担を軽減しつつ、心肺機能と筋力を取り戻す方法だ。


「ジャブジャブジャブ……」


水の中を進むたび、シルヴァースターの顔に活気が戻っていく。


7か月目には、乗り運動が再開された。調教助手がまたがり、ダク(速歩)からハッキング(軽い駆け足)へと段階的に負荷を増していく。


「怖がるかと思ったが……いや、あいつは嬉しそうに走ってる」


助手の言葉に、田島は小さく笑った。


9か月目。坂路調教が解禁された。これは大きな意味を持つ。
脚に負担がかかるが、脚力を取り戻すには避けては通れないステージ。


坂路は朝の薄明かりの中、湿った土の香りが漂っていた。田島は、久しぶりに自ら鞍をつけ、彼の背に手を置いた。


「久しぶりだな……戻ってきたな」


坂を登るシルヴァースターの脚は、力強く、滑らかだった。腱の張りは正常、フォームも崩れていない。何より――馬体のバランスが劇的に良くなっていた。


「怪我する前より、良い体になってる」


栄養管理、リハビリ、精神ケア――全てがうまく噛み合い、1頭の馬を完全に生まれ変わらせていた。


10か月目、試験的なスピード調教。5ハロン65秒程度の時計を刻ませる。反応、呼吸、追ってからの動き――いずれも合格。


11か月目には、本格的な追い切り。美浦トレセンでの最終調整は、時計以上に関係者の心を打った。


「軽い……脚の回転が、まるで若駒みたいだ」


調教の後、田島はそっとつぶやいた。


「走る理由を、あいつは忘れてなかったんだな」


同じ舞台、同じレース。1年前、悔しさと痛みを抱えて沈んだあのG1・秋の天皇賞。


再び出走表に刻まれたシルヴァースターの名は、多くのファンの記憶を呼び覚ました。


だがそれは、ただの復帰ではなかった。**怪我を乗り越え、進化した姿での“帰還”**だった。
1年後、彼は帰ってきた。静かに、しかし確かに。


彼の動きはかつてないほど滑らかだった。走り方そのものが変わっていた。


「――怪我を越えて強くなった。信じられんが、本当だ」


田島は、秋の天皇賞への再挑戦を決意する。


再びG1の舞台。5歳という年齢。若い有力馬たちがひしめく中、彼は静かにゲートに入った。


スタート。中団のやや後ろ。じっと我慢。折り合いは完璧だった。


最終コーナー。内を突く。


「そこは狭い、抜けられない……!」


観客の多くがそう思った瞬間、彼は小さく、しかし鋭くステップを刻んだ。


道が、開いた。


全力で駆けた。1年前、敗れたあの直線。あの日の悔しさと、1年の鍛錬を乗せて。


ゴール板。1着。


場内にどよめきが広がる。田島は帽子を取って、天を仰いだ。


「……帰ってきた。いや、進化して帰ってきたんだ」


表彰式。騎手は、涙ながらにこう語った。


「この馬は、勝ったんじゃない。負けなかったんです。何度も立ち上がって、信じてくれた人たちのために走ったんです」


歓声と拍手が、中山の空に響き渡った。


牧場でそれをテレビ越しに見ていた古川は、黙って頷いた。


「あの日の脚が、ここまで来たか……」


目を閉じれば、生まれたばかりのあの小さな仔馬が、何度も立ち上がろうとしていた姿が思い出された。


泥の中に輝く、小さな星。


それは今、誰もが見上げる大きな星となった。
全力で駆けた。1年前、敗れたあの直線。あの日の悔しさと、1年の鍛錬を乗せて。


ゴール板。1着。


場内にどよめきが広がる。田島は帽子を取って、天を仰いだ。


「……帰ってきた。いや、進化して帰ってきたんだ」


表彰式。騎手は、涙ながらにこう語った。


「この馬は、勝ったんじゃない。負けなかったんです。何度も立ち上がって、信じてくれた人たちのために走ったんです」


歓声と拍手が、中山の空に響き渡った。


牧場でそれをテレビ越しに見ていた古川は、黙って頷いた。


「あの日の脚が、ここまで来たか……」


目を閉じれば、生まれたばかりのあの小さな仔馬が、何度も立ち上がろうとしていた姿が思い出された。


泥の中に輝く、小さな星。


それは今、誰もが見上げる大きな星となった。


街の片隅にある薄暗いパチンコ店。その店内では、昼夜問わず煌々と光る電飾と耳をつんざく音楽が鳴り響いていた。その音に吸い寄せられるように、今日も一人の男が店内へと足を踏み入れる。名前は拓也。30代半ばの彼は、かつては普通のサラリーマンだったが、いつしかギャンブルにのめり込んでいた。


拓也の生活は、ギャンブルによって形作られていた。給料が入ればパチンコ店に行き、勝てばさらに深みにハマり、負ければ取り戻そうとさらなる金を注ぎ込む。その繰り返しだった。かつては家庭もあり、愛する妻と娘がいた。しかし、ギャンブルに取り憑かれた拓也は家族を顧みる余裕を失い、ついには離婚を言い渡された。


「今回こそ、取り戻せる…」


そうつぶやきながら、拓也は台に座り、玉を投入する。彼の目は機械の画面に釘付けになり、周囲の景色や音はもはや意識の外だった。玉が転がり、電子音が連続する中、彼の心は不安と期待で揺れていた。


その日、最初は調子が良かった。連続して当たりを引き、大量の玉が景品交換所に持ち込める状態になった。「今日はツイてる…!」拓也はそう思い、さらに大きな勝負に出ることを決めた。


だが、運は長くは続かない。次第に当たりが遠のき、出て行く玉が増える一方で戻ってくるものは少なかった。焦りとともに心拍数が上がる。拓也の額には汗が滲み、眉間に深い皺が寄る。


「もう少し…次こそは…!」


自分にそう言い聞かせながらも、現実は容赦なく彼を打ちのめす。ついには手元の玉がすべて尽き、景品交換所に積まれた景品も全て換金して失った。それでも、彼の心にはまだ諦めきれない思いがあった。


店を出た拓也は、街の夜風に吹かれながら歩く。ポケットにはもう財布すら入っていない。歩きながら彼は、自分の人生がいつからこうなってしまったのかをぼんやりと考えた。初めてギャンブルに触れたのは、職場の同僚に誘われて行った競馬だった。それが勝利の喜びを教え、次第にパチンコやスロット、果てはカジノのオンラインゲームにまで手を出すようになった。


気付けば、拓也は自分の時間もお金もすべてギャンブルに捧げていた。そして、それによって得たものは何もなかった。勝ったときの一瞬の快感は、負けたときの喪失感にすぐにかき消される。家庭を失い、友人を失い、職場でも疎まれる存在となった。


「なんで…俺はこんなに馬鹿なんだ…」


つぶやいた声は誰にも届かない。彼の言葉を受け止めるのは、自分だけだった。ギャンブルに疲弊した心と体は、すでに限界を迎えていた。


その夜、拓也は小さな公園のベンチに腰を下ろした。満天の星空が広がる中で、彼はかつて愛する妻と娘と一緒に見た花火を思い出した。あの日、娘が手を振って笑顔を見せていた光景が鮮明に浮かぶ。それは、今の彼にはもう手の届かない幸せだった。


「やり直せるのだろうか…」


拓也は小さな声でそうつぶやいたが、その答えはどこにもなかった。どれほど後悔しても、失ったものは戻らない。ギャンブルという名の泥沼にハマった自分を恨むことしかできない。


翌朝、拓也はふらつく足取りで駅へと向かった。手には数枚の紙幣だけが握られていた。それを使ってまた店に向かうべきか、それとも新たな一歩を踏み出すべきか、彼の中で葛藤が続いていた。


電車のホームで、彼は一瞬立ち止まった。目の前を通り過ぎる電車を見つめながら、彼の中で小さな決意が芽生えた。


「これ以上、同じことを繰り返しても意味がない…」


そう心に言い聞かせながら、拓也はポケットの中の紙幣を握りしめた。そして、その紙幣を近くの募金箱にそっと入れた。


「俺も、もう一度生き直したい…」


そうつぶやいた彼の目には、一筋の涙が光っていた。


その日から、拓也は少しずつ変わり始めた。まず最初に始めたのは、ギャンブル以外の趣味を見つけることだった。公園で見かけた老人たちが楽しそうに将棋を指しているのを見て、自分も挑戦してみることにした。初めて指す将棋は難解だったが、勝敗よりもその時間が新鮮で心地よかった。


次に、かつて疎遠になっていた友人に連絡を取る勇気を振り絞った。最初は冷たい反応もあったが、少しずつ自分が変わろうとしていることを伝えると、理解を示してくれる者も現れた。


また、離婚して以来一度も会っていなかった娘にも手紙を書く決意をした。その手紙には、これまでの自分の行いへの謝罪と、これからの自分の生き方を変える決意が込められていた。返事はすぐには来なかったが、それでも拓也は書き続けることにした。


少しずつだが、拓也の生活は前を向き始めた。ギャンブルに費やしていた時間とお金を他のことに使うことで、人生に少しずつ彩りが戻ってきた。そしてある日、ふと立ち寄った小さな書店で目にした自己啓発の本が、さらに彼の背中を押した。


「過去は変えられないが、未来は自分次第だ。」


その言葉に深く共感した拓也は、本を手に取り、さらに学びを深めることにした。自分を追い詰めた過去を後悔し続けるのではなく、それを教訓として前に進む。その覚悟が彼の中で芽生えたのだ。


拓也の内面の旅


しかし、心の奥底にはまだ消えない不安があった。ギャンブルによって失ったものの重さは、時折彼の胸を締め付けた。家族を失い、社会からも孤立していた時期の記憶が、夢の中で彼を苛むこともあった。そのたびに、拓也は目を覚まし、自分を責める言葉を飲み込んだ。


「こんな俺が、本当に変われるのか?」


その疑念は、彼の心に暗い影を落とした。それでも、彼は小さな一歩を積み重ねていくことを選んだ。ギャンブル依存症に関するカウンセリングを受ける決意をしたのも、その一環だった。カウンセリングの場では、自分の心の中に潜む孤独や恐れについて話すことが求められた。当初はそれが苦痛だったが、次第に心を開くことで、同じような経験を持つ他者とのつながりを感じるようになった。


ブラックドラゴンが引退してから数年が経った。競馬場には彼の名を冠したレースが毎年開催され、その度に多くの観客が集まった。レースに出ることはなくても、ブラックドラゴンの存在は決して忘れられることはなかった。彼の引退後、その名前はただの伝説として語り継がれることなく、深い意味を持つものとして多くの人々の心に刻まれていた。


石井はその年も、ブラックドラゴンの記念レースを見守るために競馬場に足を運んだ。以前とは違って、あの頃のように焦りや不安に駆られることはなかった。ブラックドラゴンは今、静かな日々を送っており、石井もまた彼との穏やかな時間を大切にしていた。競馬場で感じる喧騒の中で、彼は一つのことを強く感じていた。それは、ブラックドラゴンが与えてくれた教訓だった。


「勝利がすべてではない。」


その言葉は、今では石井の心の中に深く根付いていた。ブラックドラゴンが走り続けることなく引退したこと、そしてその後も人々に影響を与え続けたことを考えると、石井はそれを実感していた。ブラックドラゴンの悲劇的な運命は、彼をただの敗者にすることはなかった。むしろ、彼は競馬界で最も深い意味を持つ存在となり、今でも語り継がれ続けているのだ。


その日、石井はブラックドラゴンの記念レースの後に、再び厩舎に戻ることを決めた。ブラックドラゴンは相変わらず静かな目で、厩舎の中で過ごしていた。年齢を重ねたせいか、少し毛が薄くなり、体つきも以前とは違ったが、その穏やかな表情には変わりがなかった。彼はもう、レースのことを思い出すこともなく、ただの老馬として日々を過ごしている。だが、それがむしろ彼の幸せなのだと石井は思った。


石井はブラックドラゴンに近づき、彼の首を優しく撫でた。ブラックドラゴンは何も言わず、ただ静かに目を閉じ、石井の手のひらに身を委ねていた。その温かさを感じると、石井はこれまでのすべてを思い返した。ブラックドラゴンとの出会いから始まり、数々のレースでの勝利、そして最後の悲劇――すべてが彼にとってはかけがえのない思い出となった。


「お前のおかげで、たくさんのことを学んだよ。」


石井は静かに呟いた。その言葉に、ブラックドラゴンは何も答えることはなかったが、その穏やかな眼差しはまるで「ありがとう」と言っているかのようだった。石井はもう、ブラックドラゴンに対して悔いの気持ちを抱いていなかった。確かに、あの時無理をさせ過ぎたことは心残りだったが、今のブラックドラゴンを見ると、それが全てではないことを実感していた。


ブラックドラゴンが引退した後、石井は再び他の競走馬たちの育成に取り組んだ。だが、どの馬にもブラックドラゴンのような特別な存在感を感じることはなかった。どんなに優れた競走馬でも、ブラックドラゴンが持っていたあの輝きには到底及ばなかった。だが、石井はそれに対しても特に悔しさを感じなかった。ブラックドラゴンはもう、走ることをやめたのだ。それが彼にとって最良の選択だったのだと、今では確信していた。


ある日、石井はブラックドラゴンと過ごす時間が増えていく中で、ふとひらめきが訪れた。それは、ブラックドラゴンの物語を多くの人々に伝えることだった。競馬界での栄光、そしてその後の悲劇――それがどんなに深い意味を持ち、どれだけ多くの人々に勇気と希望を与えたかを、石井は伝えたいと思ったのだ。


ブラックドラゴンの名は、すでに競馬界を越えて多くの人々に知れ渡っていたが、その真の価値を伝えることはまだ足りていない。ブラックドラゴンが走り続けることができなかったからこそ、彼の物語はますます深い意味を持っているのだと、石井は強く感じた。


その後、石井はブラックドラゴンの物語を本にまとめることを決意した。競馬界の歴史だけでなく、ブラックドラゴンと共に過ごした日々、そして彼が教えてくれたことを、ひとつひとつ丁寧に書き綴った。その本が完成したとき、石井はそれを手に取り、ブラックドラゴンに向かって深く頭を下げた。


「ありがとう、ブラックドラゴン。お前のおかげで、俺は成長できた。」


その後、ブラックドラゴンの物語は多くの人々に読まれ、さらに深い感動を呼び起こした。彼の悲劇的な英雄譚は、単なる競馬の勝者の話ではなく、人生の中で何を大切にすべきかを考えさせられるような物語だった。


そして、ブラックドラゴンは今でも石井の心の中で生き続けている。彼が走った競馬場は、もう彼の姿を見ることはない。だが、彼が残した足跡は確実にそこに刻まれており、誰もがその存在を忘れることはなかった。ブラックドラゴンは、競走馬としての役目を終えた後も、多くの人々にとっての英雄であり続けた。悲劇的なヒーローとして、彼の名は永遠に語り継がれることとなった。


ブラックドラゴンが教えてくれた最も大切なこと――それは、どんなに苦しい状況でも、誠実に生きることの大切さ。そして、勝利や栄光だけが人生ではないということだった。石井はその教訓を胸に、これからもブラックドラゴンとの思い出を大切にして生きていく。


ブラックドラゴンの引退が決まり、競馬界はそのニュースに衝撃を受けた。誰もが、あの才能を持つ競走馬が突然、舞台から消えるとは思っていなかった。しかし、現実は無情だった。ブラックドラゴンの脚の故障は思ったよりも深刻で、再びレースに出ることは不可能だと診断された。石井はすべてを失ったような気がしていた。勝利を目指して共に戦い続けた日々が、今ではただの無駄に思えた。


その後、ブラックドラゴンは調教を中断され、静かな厩舎で過ごすこととなった。石井は毎日そのもとに通い、ブラックドラゴンの世話を続けたが、彼の心には重い鎖が絡みついていた。競馬界での華々しい未来が閉ざされ、ブラックドラゴンはただの引退馬となり、石井はその無力さを痛感していた。


だが、ブラックドラゴンには他の競走馬にはない、別の才能があった。それは、勝利だけではなく、周囲に深い印象を与え、心に刻まれる存在になる力だった。彼が走ることをやめ、静かな日々を送っていても、どこかでその名は語り継がれ、伝説となっていった。


引退後、ブラックドラゴンは特別な役割を担うこととなった。石井は彼に、新たな使命を見出すことを決意した。かつてはレースのために生きていたブラックドラゴンだが、今度はその存在そのものが、多くの人々に影響を与える役割を果たすことになった。彼の物語は、悲劇的な英雄譚として語られ、次第に多くの人々の心に響くようになった。


ブラックドラゴンの引退を受けて、競馬界からは多くのメディアが取材に訪れた。彼の物語は、ただの悲しい終わりではなかった。むしろ、そこから生まれる新たな希望と勇気があった。ブラックドラゴンがレースを走り続けていた頃の輝かしい瞬間が、彼の引退後に新たな形で価値を持つことになったのだ。


ある日、テレビ番組でブラックドラゴンを特集することが決まった。石井はその取材を受け、ブラックドラゴンの過去と現在について語ることになった。画面越しに映し出されるブラックドラゴンの静かな姿に、視聴者は思わず息を呑んだ。レースでの華々しい活躍を知っている人々にとって、彼が引退後に見せるその穏やかな姿は、まさに悲劇的なヒーローそのものだった。


「ブラックドラゴンは、もうレースに出ることはありません。ですが、彼が競走馬として生きた証は、今後もずっと語り継がれます。勝利の数を追い求めるだけが、全てではありません。ブラックドラゴンは、レースを通じて多くの人々に感動を与えました。その姿勢こそが、彼の真の力だと思っています。」


石井の言葉は、画面越しの視聴者に強く響いた。彼の眼差しには、ブラックドラゴンに対する深い愛情と悔恨が込められていた。だが、それ以上に、ブラックドラゴンの存在がどれだけ多くの人々に影響を与えたかを知っているからこそ、その言葉は真実味を帯びていた。


取材が終わり、ブラックドラゴンは再び静かな日々を送ることとなった。だが、次第に彼の存在はただの引退馬を超えて、多くの人々にとっての「象徴」となった。ブラックドラゴンの物語は、競馬界における勝利だけがすべてではないということを教えてくれた。勝利が叶わなかったからこそ、ブラックドラゴンはより一層輝く存在になった。


ある日、石井はふとブラックドラゴンを見つめながら、彼に語りかけた。


「お前は、英雄だ。」


その言葉に、ブラックドラゴンは何も答えることはなかったが、どこか静かな安らぎが彼の姿に宿っているように見えた。ブラックドラゴンはもはや走ることはなかったが、彼が与えた影響は永遠に残り続けるだろう。石井はそれを確信していた。


ブラックドラゴンの物語は、競馬界の中でも特別な位置を占めることとなった。彼はただの競走馬ではない。彼は多くの人々に、競争の中での勝利だけがすべてではないことを示し、その価値は単なるレース結果にとどまらないことを証明した。悲劇的な英雄として、ブラックドラゴンはその名を永遠に刻み込むこととなった。


数年後、ブラックドラゴンの名を冠した記念レースが開催されることが決まり、そのレースには多くの若い競走馬たちが出場した。そのレースを見守る観客たちの中には、ブラックドラゴンの名前を聞いたことがある者たちも多かった。彼の伝説は、次の世代にも引き継がれ、語り継がれていった。


ブラックドラゴンが競馬界に与えた影響は計り知れない。彼は勝利を収めることができなかったが、それを超える価値を持っていた。競走馬としての成功を追い求めることがすべてではない――それがブラックドラゴンが教えてくれた最も大きな教訓だった。