それからひと月近くが過ぎ
俺たちは今ハワイにいる。
 
ムーンボウの前に
マウナケア山頂までサンセットを見に行き

荘厳な夕陽を堪能した後は
中腹あたりのビジターセンターに戻り
そこでムーンボウの出現を待っていた。

丁度いいタイミングで休みが取れ
これ幸いと速攻で予約を取り
張り切ってやってきたはいいが

特別な条件下でしか見られない
月虹(ムーンボウ)は 
現地の人でも数年に1回程度しか
見ることが出来ないらしい。

「月虹が見れる確率って……どのくらいなんだろうな。」

「もう……そんなん考えるより、色んな人やモノに感謝の心を持ちましょうって、センターのおじさんも言ってたじゃん。果報は寝て待てって事だよ。」

完全防寒でモコモコになった雅紀が
満天の星空を仰ぎ穏やかな笑顔を見せた。

月はまだ低い位置。

今日は日暮れ前に少し雨が降ったし
満月間近で条件が揃ってるから
もしかしたら見られるかもと
センターの方が話していたが

自然相手なだけに
見られたら奇跡もいいとこで
それこそ感極まって涙しそうだ。

「翔ちゃん、あのね?」

待つこと30分。

まだ現れる気配のない月虹を
半ば諦めかけた頃
雅紀は肩を寄せ小さな声で俺を呼んだ。 

「どうした?」

「あのビニール傘、実は5代目なんだよね……。」

「は?……5代…目?」

「一緒に出掛けた先で雨降ると、必ず翔ちゃんが傘買うでしょ?だから……あの虹から始まった思い出をその度に代々受け継いでたの。」

「お前っ、何で今になって……っ!!」

あまりの驚きに叫びそうになり
周りがこっちを向いた気がして
何とか感情を押さえ込む。

行動も異次元すぎるとは思ってたが
まさかの5代目が受け継いでるとか 
そんなん普通は思い付かねえし

そもそも20年近く 
よくぞ大事にしてくれたと
感動すらした俺のピュアなハートを
今すぐ返せやっ!!

「何か……俺、怒られ損じゃね?お詫びの気持ちも込めてハワイまで来てさ…いきなりそれかよ。」

遠くに見える町の灯りに目を遣り
怒りまでは行かずとも
3歩ほど手前の苛立ち程度は感じて
さすがに嫌味の一つも言いたくなる。

「ゴメン…でも……昼間また傘買ってたでしょ?だから、また1つ大事な思い出が増えるって……きっとムーンボウが見れるって……そんな気がしたんだ。」

少し震える声が聞こえ
反省というよりは言い訳っぽくて
あの日みたいに不機嫌が顔を出す。

「そんな簡単に奇跡が起きますかねぇ…?」

更に1時間が経ち
もうダメだろうなって空気が
俺からも周りからも流れ始めた頃。

「……見てっ!!」

その声に弾かれ顔をあげれば
雅紀が指差す方向を
皆の視線が追いかける。

昼間の虹とは違い
白っぽく霞んではいたけど
月に照らされ淡く光る虹は
想像以上に美しく神秘的だった。

「ほら……奇跡は起きたでしょ?」
そう言って静かに笑った唇。

大事なモノは貴方以外に無く
俺を大事と思ってくれるのも
貴方以外に無く。  

たかがビニール傘。

されどビニール傘。

そこから始まった2人の思い出は
今に繋がり未来へと繋がり
キラキラ光を放つ宝物になるんだ。

「帰りたくなくなっちゃうね。」

「また……来ればいいだろ?」

そうだねって
ちょっぴり泣きそうな顔で笑うから
こっちも何だかつられそうになる。

「ちゃんと、願えば叶う……だろ?」

「うん……叶うよ、絶対。」

どちらからともなく手を繋ぎ
消えゆく月虹に再訪の願いを込め
この先ずっと一緒にいられるようにと 
祈りを捧げ静かに目を閉じた。





《PRISM》THE  END