ご挨拶が遅れましたが、みなさま新年あけましておめでとうございます。

近年つつましく本の感想を投稿しているだけの当ブログですが、何かのご縁でいらした方が楽しんでいてくださったら嬉しいです。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


さて、お正月は昔から(元日を中心に本屋さんがしまってることが多かったため)長篇、もしくは初挑戦の作家の本をじっくり読むようにしています。ことしはようやく米原万里さんの小説を読みましたよ。




米原万里『オリガ・モリソヴナの反語法』(集英社文庫)



オリガ・モリソヴナ。もう三十年も前に、在プラハのソビエト学校で舞踊を教えていた女性。すごいファッションに身を包み、痛烈な罵倒として逆に褒めちぎる、独特の反語法を用いていた彼女が結局のところ何者だったのか、三十年の時を経て志摩が当時の同窓生と共にさぐっていくという趣向です。

手元の文庫本はやや厚めで、さらに私はカタカナがどうにも苦手(したがって世界史も苦手でした)なのですが、いやもう、すさまじい引力でぐいぐい読んでしまいました。


志摩たちがソビエト学校で学んでいた時期、およびその前後、本国ロシアというかソビエト連邦は歴史的にひどく緊迫していたもよう(世界史の知識がまるっと欠落している自分がはずかしい……)。そんな苛酷な時代に、オリガ・モリソヴナみたいな濃すぎるほどの個性の持ち主が教職員として採用されていたこと自体、実はとても不可解な事態。膨大な資料を読みあさりながら、志摩と同窓生のカーチャ、また途中で知り合った友人たちは丹念に「オリガ・モリソヴナの真実」を追っていきます。当時のソビエトに満ちていた逮捕と粛清の恐怖、引き裂かれた多くの家族、それから、強制労働の日々を綴った手記など……

身に覚えのない、はっきりいってわけのわからない罪状で日常を奪われ、引き離されたまだ幼い子どもは過去を消すために名前を変えられ、親に行方を知らせないまま孤児院に預けられる。それがまかり通っていた時代。

なんというかもうあまりに怖ろしくて語彙がシンプルになってしまうけれども、「こわい、いやだ」、そんな時代を生き抜いたオリガ・モリソヴナの航跡が、かすかに光って流れていく星のように胸にしみる物語でした。あ、何度か但書がありましたが、「オリガ・モリソヴナという舞踊教師は実在したが、その人生については著者のフィクション」とのこと。なんてことなの、迫真の描写力です。


読み終えてまだちょっと呆然としていますが、お正月にチャレンジしてとてもよかった。


……あ、でも、序盤であるバレエ公演をみた志摩の独白、あきらかに牧阿○美バレエ団と草○民代を皮肉っていて(本筋と関係ないにもかかわらず)どきっとしました。そしてどうやら、ボリショイ劇場でぶざまな踊りを披露していた日本人バレリーナにもモデルがいるようです。寄付はありがたいでしょう、でもだからって実力と大きくかけ離れた配役で舞台に立たせるのは、本人のみならず劇場やバレエ団の名前にも傷がつきかねない危険行為だと思いますけどねー。あいにく私はバレエを観る目が育ってませんし、こんなこと言っても特に説得力がないって自覚していますけれども、まあ覚書として。

 

 


オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)/米原 万里
¥780
Amazon.co.jp