思い出にタグづけ
昨日クワタケースケのラジオを聴いて一緒に歌ったせいなのか急にあたまに浮かんで来たのでめずらしく日曜休日のひるさがりに聴いておりますNUDE MAN(リマスタリング盤)/ビクターエンタテインメント¥2,571Amazon.co.jpリリースのときはこのジャケは誰の尻だ?などど世間が騒いだものです(クワタケースケではなく、たしかマネキンだったような記憶がありますが)しばらく芋ヅル式に続けて聴いてくうち、急にしんどくなってべつの音楽に替えてしまったそれはほとんどの彼らの音楽がわたしの記憶と結びついてるからだろう初めて綺麗な音楽だと感じた「涙のアベニュー」には親友が住み込みで働いていた病院の坂道や当時入り浸ってた喫茶店の入り口が見え「Just A Little Bit」には部活をさぼって遊びに行ったプールの水しぶきが見える自分のことだと涙が止まらなかった「サラ・ジェーン」ひとつひとつに思い出がタグ付けされているこの地に越してくるまでのあいだ、サザン以外にたくさん音楽は聴いてきたそれでもいつも傍らに彼らはあったこんなに長く付き合ってきたバンドはいないこの地にきて20年またサザンは聴き始めてるけれどただ自分のために生きている時間が終わると同時にあのころのように、もう毎日の傍らには彼らはいないいまはもう、お隣さんのようだ思い出がタグ付けされた音楽やことがらもずいぶんと減ったまたいつか、パソコンの画面の中のサザンのジャケを眺めて時間の隙間にもぐりこんでもうすこし「あのころ」にいってみるのも悪くないただし長居は禁物戻れなくなる思い出なんて美しいだけで辛さや醜さは忘れさられているだけなんだもの