$われは熊楠 

単行本 

岩井 圭也 (著)

 

 

 

 

 

$解説

「知る」ことこそが「生きる」こと

研究対象は動植物、昆虫、キノコ、藻、粘菌から星座、男色、夢に至る、この世界の全て。
博物学者か、生物学者か、民俗学者か、はたまた……。


慶応3年、南方熊楠は和歌山に生まれた。
人並外れた好奇心で少年は山野を駆け巡り、動植物や昆虫を採集。百科事典を抜き書きしては、その内容を諳んじる。洋の東西を問わずあらゆる学問に手を伸ばし、広大無辺の自然と万巻の書物を教師とした。
希みは学問で身をたてること、そしてこの世の全てを知り尽くすこと。しかし、商人の父にその想いはなかなか届かない。父の反対をおしきってアメリカ、イギリスなど、海を渡り学問を続けるも、在野を貫く熊楠の研究はなかなか陽の目を見ることがないのだった。
世に認められぬ苦悩と困窮、家族との軋轢、学者としての栄光と最愛の息子との別離……。
野放図な好奇心で森羅万象を収集、記録することに生涯を賭した「知の巨人」の型破りな生き様が鮮やかに甦る!

 

$読者レビューより引用・編集

この本を読んで印象に残ったことは、熊楠の思想をやさしくかみ砕いた表現で描いている点。

例えば[西洋の学は物だけを見ているが、東洋の学は見えんもんも見てる。この世のすべてを知悉し、東西を融合したら、必ず新しい世界が立ち現れる」と。また、本書で目につくのは熊楠をはじめ登場人物が紀州方言を話し生き生きと描写されている点。ちなみに本書で印象深い登場人物は、熊楠の父親弥右衛門、博物学の恩師鳥山啓、夭折した親友羽山兄弟、妻松枝、息子熊弥、娘文枝、新聞記者雑賀貞次郎など。

 

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 文藝春秋 (2024/5/15)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2024/5/15
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 336ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 416391840X
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4163918402
  • 寸法 ‏ : ‎ 13.8 x 2.5 x 19.6 cm

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岩井 圭也

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南方 熊楠(みなかた くまぐす、1867年5月18日慶応3年4月15日) - 1941年昭和16年)12月29日)は、日本博物学者生物学者民俗学者

生物学者としては粘菌の研究で知られているが、キノコ藻類コケシダなどの研究もしており、さらに高等植物や昆虫、小動物の採集も行なっていた。そうした調査に基づいて生態学ecology)を早くから日本に導入した。

1929年には昭和天皇進講し、粘菌標品110種類を進献している

民俗学研究上の主著として『十二支考』『南方随筆』などがある。その他にも、投稿論文、ノート、日記のかたちで学問的成果が残されている。

フランス語イタリア語ドイツ語ラテン語英語スペイン語に長けていた他、漢文の読解力も高く、古今東西の文献を渉猟した。言動や性格が奇抜で人並み外れたものであるため、後世に数々の逸話を残している。

柳田國男から「日本人の可能性の極限」と称され、現代では「知の巨人」との評価もある

概説

現在の和歌山県和歌山市に生まれ、東京での学生生活の後に渡米。さらにイギリスに渡って大英博物館で研究を進めた。多くの論文を著し、国内外で大学者として名を知られたが、生涯を在野で過ごした。

熊楠の学問は博物学民俗学人類学植物学生態学など様々な分野に及んでおり、その学風は、一つの分野に関連性のある全ての学問を知ろうとする膨大なものであり、書斎那智山中に籠っていそしんだ研究からは、曼荼羅にもなぞらえられる知識の網が生まれた。

1893年明治25年)のイギリス滞在時に、科学雑誌『ネイチャー』誌上での星座に関する質問に答えた「東洋の星座」を発表した。また大英博物館の閲覧室において「ロンドン抜書」と呼ばれる9言語の書籍の筆写からなるノートを作成し、人類学や考古学宗教学セクソロジーなどを独学した。さらに世界各地で発見、採集した地衣・菌類や、科学史、民俗学、人類学に関する英文論考を、『ネイチャー』と『ノーツ・アンド・クエリーズ英語版)』に次々と寄稿した。

生涯で『ネイチャー』誌に51本の論文が掲載されており、これは現在に至るまで単著での掲載本数の歴代最高記録となっている。

帰国後は、和歌山県田辺町(現・田辺市)に居住し、柳田國男らと交流しながら、卓抜な知識と独創的な思考によって、日本の民俗、伝説、宗教を広範な世界の事例と比較して論じ、当時としては早い段階での比較文化学(民俗学)を展開した。菌類の研究では新しい70種を発見し、また自宅のの木では新しいとなった粘菌を発見した。民俗学研究では、『人類雑誌』『郷土研究』『太陽』『日本及日本人』などの雑誌に数多くの論文を発表した。