$たつき諒 漫画家
$1999年、ひとりの漫画家がひっそりと引退した。平成の奇書『私が見た未来』の作者・たつき諒さんその人だ。
本書の表紙には「大災害は2011年3月」とある。出版から12年後に東日本大震災が発生し、「幻の予言漫画」として注目を集めることに。
ここでは「文藝春秋」2022年4月号に掲載された、たつき諒さんのインタビューを抜粋して紹介する。「夢日記」を描き始めた理由とは――。(全2回の1回目/続きを読む)
$私が見た未来 完全版 単行本
(ソフトカバー)
たつき諒 (著)
$2022年年間ベストセラーにランクイン! 総合第10位(日販調べ)63万部突破
テレビでも続々紹介、大反響
フジテレビ『何するカトゥーン?』(3/24放送)
フジテレビ『不思議体験ファイル 信じてください‼』(12/27放送)
NHK総合『おはよう日本』(6/1放送)
フジテレビ『奇跡体験! アンビリバボー』(4/7放送)
TBS『ワールド極限ミステリー』(12/8放送)
フジテレビ『めざましテレビ』(10/27放送)
TBS『THE TIME』(10/21放送)
TBS『週刊さんまとマツコ』(7/4放送)
幻の「予言漫画」復刻!!
22年の沈黙を破り、
作者が新たな警告
「本当の大災難は
2025年7月にやってくる」
1999年に刊行され、
東日本大震災を予言していた
漫画として話題沸騰。
絶版のため中古市場では
10万円以上の値がつく本作に
たつき諒氏の新たな予知夢を加え
解説した完全版。
元ネタにもなっている
自身の夢を書き溜めた
「夢日記」の内容を
ついに本書で初公開。
漫画に描かれたもの
描かれなかったもの―――
「夢日記」を元に
予知夢の詳細を解説。
なぜ表紙に
「大災害は2011年3月」
と描いたのか?
「富士山大噴火」の夢が
意味していたことは…
そして、
新たな「未来の夢」の
メッセージとは―――
★収録漫画★
◎私が見た未来
◎夢のメッセージ
◎縁の先
◎ちいさなカラの中
◎浮遊霊
◎地下街
◎冥界の壁
◎もうひとりの自分
◎闇の中へ …
◎そんな馬鹿な
◎雨月物語
★「夢日記」解説 ★
なぜ夢日記を書き始めたのか
表紙に描いた予知夢の真相
漫画家を辞めた理由
インド旅行が大きな転換点になった
漫画の中に描いた大津波は2011年3月のことではない
2025年7月に起こること
大津波の後に訪れる新たな世界 …etc
$読者レビューより引用・編集
2025年7月に何かあるという事は多くの方々が近年言葉にしている。
何かあっても被害が最小限で人や動植物が出来るだけ生き残って幸せになる未来に繋がる事を願っている。
あと89頁の絵はホピ族の最終的に2つに別れる世界に繋がっているような気がします。
事前に警鐘を鳴らして大災難後(大災害じゃないのが救いと思っています)輝かしい未来になると希望を持たせてくれているのは有難い。
自分の欲望や効率のみ求めて人や動植物に優しくする心が薄れているような気がしますので意識を改めていきたいと思います。
最終的に皆が笑顔で溢れ飢えのない世界になるように願う。
商品の説明
著者について
たつき諒 Tatsuki Ryo
1954年12月2日生まれ、神奈川県出身。横浜在住。1975年、『月刊プリンセス』(秋田書店)でデビュー。著書に『人形物語』『時の中の少女』『水色の航空書簡』『タージ・マハル廟のある町』ほか。『私が見た未来』は1994~98年に雑誌『ほんとにあった怖い話』および『恐怖体験』上に掲載された漫画をまとめたもので、99年に朝日ソノラマより単行本化。同99年、漫画家を引退している。『私が見た未来』の表紙に「大災害は2011年3月」と書かれていることから、東日本大震災を予言した漫画家として注目を集める。