拘ること。 | lyd

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「Live Your Dreams」⇒『夢に生きよう』

それこそ、よく言われることやけど、
「努力は必ず報われる」のか論争。
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努力した者が全て報われるとは
限らん。しかし、成功した者は
皆すべからく努力している。
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これは、そう思う。きっとそうだろう。

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努力が報われるなんて嘘だ。
報われないことの方が多い。
でも、その努力の過程の中で、
他の価値を見出すこともある。
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これも、そうかもしれないと思う。

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結果が出ないっていうことは、
なにかしらの努力が足りない。
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これまた、事実なのかもしれない。

そもそも、努力って、報われるって、
どういうことを指すというんだろうか。
自己の満足か、他者からの評価か。
どっちもあるやろうし、いろいろやな。

それこそ、うまくいかなかった時に、
努力不足の一言で片づけられたら、
虚しくなるが、楽な気持ちにもなる。
きっと、これが正しい答えなんだと、
強引に自分自身に埋め込んでいく。
その逆で、うまくいったと感じる時は、
努力の結果、の一言だけだったらば、
もっと欲張ってしまうのかもしれない。
正しい答えなら、より欲しがるのかも。
結局は、結果が出たことに対して、
努力の大きさの物差しを変えてる。
なんでもかんでも、努力が基準なら、
自分勝手で、都合がいい言葉になる。
ただ、
努力すること、と、拘ること、ってのは、
少し違うような気がする。なぜならば、
もっと、思考と行動に結びついるから。
自分の物差しだけで判断ができない
対象に対する、考え方と姿勢が全て。
頑張る、努力する、より、「ここにいく」。
拘りの連続が、頑張りや努力になって
自分の物差しの尺を、デカくしてくれる。

ここは、ちょっと自分でもう少し考える。

なんとなく、感じたことを、文字にした。