「あまちゃん、おもしろい!!」
そんな声を、とても聞くけど、
(ふーん)としか思わなかった。
「GOは良かったんやけど、
その後の作品がなぁー・・・。」
って、変に評論家ぶっていて、
クドカンの脚本、ってだけで
だいぶ避けていた、って思う。
クドカン作品は、少し見てきた。
映画だと「ピンポン」と「69」。
ドラマは「木更津キャッツアイ」、
「流星の絆」、くらいやろうか。
あんま、(面白い)と思えず、
世間の評価とは逆行して、
(自分には合わんのやろな)
って、思うようになっていた。
ただ、「大人計画」の舞台は
一度見てみたいと思っていた。
あまちゃんは、
若い海女さんがアイドルになる。
くらいの作品だと思っていたら、
どうやら、そうでもないらしく、
来週は「震災編」となるらしい。
つまり、あの震災が描かれる。
宮藤官九郎さんは宮城県出身。
そして、放送が始まる前、
インタビューで答えていた。
「震災があったから東北でやろうと思ったわけでない。表現するのによかったのが東北だった。当初は、フィクションの中に“震災”を入れるのに抵抗があった。ただ、それを入れないのはうそだとも思った。震災を描くことによって何かのメッセージを送るということでなく、それを含めて元気になってもらえるような楽しめる作品にしたい。」
そうか。そうやったんやね。
(見とけば良かった)っていう
後悔は一切ないんやけれど、
そういった脚本家の想いに
触れる機会、っていうのを、
自らの“先入観”によって
遮断してしまったんやな、
って、そんなことを感じた。
野村監督の言葉を借りるなら、
まさに、
先入観は罪、固定概念は悪。
先入観によって、
成長の可能性、進歩の可能性、
未知との遭遇の可能性を、逃す。
そういうことなんやろうな、と思う。
あまちゃんを見なくても
生きていけるやろうし、
それに、フィクションを
真に受けたりはしない。
ただ、
こんなにも圧倒的な指示を得てる
ってのには、必ず理由があるはず。
それを感じるチャンスを、
自分はみすみす逃してる。
っていうことなんやろな、とは思う。
友人から指摘を受けることもある。
経験が、自分の枠内だけの判断を
奨励し、推薦し、支持をしている。
「先入観はもったいないで」
先入観は、それが先入観だと
気づきにくいから、タチが悪い。
それを言われて、初めて気づく。
「益者三友」という言葉がある。
「論語」李氏、より。孔子の言葉。
解釈はいろいろとあったりするけど、
ようは、3人の友を持て、ということ。
◆正しいことを直言してくれる人
◆博学卓識であり、師と仰ぐ人
◆私利私欲を交えない誠実な人
指摘してもらったり
教えてもらったり
真心を感じてみたり。
そういった方に触れていると、
自分も自然と感化されていく。
そういうものなんだろうと思う。
あまちゃんひとつで、
グダグダ書いたけれど、
先入観は捨てられないもので、
だからこそ、それらのことが、
先入観であることを自覚する。
っていうことが大事だと思うし、
でもって、そういったことを、
ちゃんと指摘してくれる仲間は
本当に大事な存在だということ。
そんなことを思った。