心を穏やかにする方法 | lyd

lyd

「Live Your Dreams」⇒『夢に生きよう』

たぶん、誰でも経験がある。
何やっても、うまくいかない。
実際は、そうでなくても
うまくいかない、って感じる。
まさに、踏んだり蹴ったり。
踏んだり蹴ったり?
どういう語源なんやろうか。

良くないことが重なってる。
みたいな時に使われるけど、
調べると、どうやら、
踏まれたり蹴られたりする
っていうことではないらしい。

一説によれば、戦国時代に、あるモノを、誤って踏んだり蹴ったりしてしまった武士が、織田信長に切腹を命じられるという事件があった。南蛮渡来のものが好きだった織田信長はその武士に「珍しい紅茶の茶葉の塊を踏み、さらに蹴るとは何事ぞ」と烈火の如く怒鳴りつけたと言われている。このとき、この武士は「私も紅茶を楽しみにしていたのに踏んだり蹴ったりで切腹とは散々だ」と時世の句を残し、ここから悪いことが重なることを「踏んだり蹴ったり」というようになった。

っていうことらしくって、
「踏まれたり蹴られたり」で
災難が重なった、ではなく、
不幸①
「好きな紅茶を踏んだり
 蹴ったりしてしまった」

不幸②
「それが原因で切腹を
させられることになった」
って感じで、
不幸なことが起きたために、
さらに不幸なことが起きた。

という流れのようで、
これはこれで、面白い語源。
思ってたことと、だいぶ違った。

ま、この話は、置いといて、
踏んだり蹴ったり、だったらば、
ほんと、もう、嫌になってしまう。
こんなとき、
まさに「心の拠り所」を探す。

いろんな人がいる、とは思う。
趣味に没頭する。夕陽を眺める。
ひたすら愚痴を言う。泣きまくる。
浴びるように飲む。ダッシュをする。
あとは、誰かと楽しく過ごす、とか。

俗に言う、ストレス発散。
それだけで
回避や解決できんのは
みんな分かってるんやけど、
何かをしないと、動かないと、
どうにかなってしまいそうで、
とにかく、心の拠り所を探す。

発散は、一時の安らぎや避難。
そして、一瞬の自己満足に近い。
捌け口は、拠り所にならない。
本当は
自分の心が穏やかになれば、
少しは、緩和されていくはず。

んじゃ、
心を穏やかにするためには、
いったいどうすればいいのか。

きっと、みんな、それぞれ、
「自分は自分」を持ってて、
自分を守ろうと、取り繕う。
それが噛み合わないから、
余計にしんどくなっていく。
だったら、今の自分を
受け入れてくしかなくて、
ある意味、悟りを開くのみ。
でも、
そんなの、とても難しい。
ってか、今まで、世界中で、
悟りを開いたことのある人、
どれだけおるんや、って話。

だから、いろいろなモヤモヤを、
スッと受け入れられないならば、
とりあえず、
受け入れてそうな人と話すこと。

本当は受け入れてなくても、
自分とは違うから、発見する。
だから、負荷のシェアではなく、
自分で扉を探すってイメージに
近いかもしれん、って感じる。

心を穏やかにしていくのは
自分次第って分かってて、
でも、
どうにもこうにもならんから、
一時の安らぎを求めるけど、
それはそれで、それプラス、
自分で心を慰めていく術を
身につけていくことが大事、
ようは、
今ある負荷は、今の自分で、
取り除いていく必要がある。
ずっと、これからのために。

心を穏やかにする方法は、
負荷の原因を探り、駆除する。
本当は、それしかないはずで、
それから決して逃げたらいけない。
それが、自分を守る、っていうか、
受け入れていくため、だとは思う。

心を穏やかにする方法、とか
そんなタイトルを書き始め、で、
書きだしたら、「これやね」って
のが見つかるかと思ったけど、
やっぱ、そんなのは、ないな。

ま、なんやかんや、諸々と、
訳分からんこと書いたけど、
ようは、全部を受け止めて、
頑張れれば一番いいけど、
なかなか難しいはずやから、
自分が解決させる、の前提で、
解決をさせてそうな人と話すと、
何かしら見えてくるものなんやな、
ってのが、最近実感したことなので、
それを、なんか遠回しに書いたら、
こんな感じのブログになっただけ。

あとは、この前、
お世話になってる顧問に
教えてもらった「京の酵素浴」。
とにかく、体調不良の人は、
ここに行ってもいいと思います。

宣伝みたいやけど、
ぜひ、行ってみて、
感想聞かせてください。

「京の酵素浴」

僕もいつかは、行ってみたい。