そー言えば、拠点長としての
経験が長くなっていたからか、
振り返ると、ここ数年間は、
「判断」することばっかりだった。
それが当たり前、だと感じてた。
当然、自分では判断できない、
というか、判断したらあかんな
って思ったものは全て、都度、
確認をし続けていたつもり。
仕事や立場が変わってきて、
最近はずっと、「判断を仰ぐ」
ことが、多くなってきている。
それは、自分で判断できない
ことが多い、っていうよりかは、
このジャッジが正しいかどうか
っていう確認作業がほとんど。
みたいな、軽く考えてたけど、
どうやら、そうじゃないみたい。
自分の中の判断や答えはあるけど、
最終判断をするのは、自分じゃない。
それを忘れる時があって、反省する。
でもって、
判断を仰いだら、たいがいの場合、
「こうした方がいいんじゃない」
っていう指摘をもらってばっかり。
自分の考えとは別の判断に
なったりすると、「いやいや、
めちゃ考えて動いてるのに!」
って、ムカついたりするけれど、
よう考えたら、上長の指示には
明確な意図・目的・指針があり、
自分の狭い視野を、はるかに
越えているばかりか、それを、
暗に伝えようとしてくれている。
だから、
別の判断こそチャンス。
っていうことなんやなって思う。
なぜ、自分の判断でなくって、
別の判断がくだされたのか。
そして、もともと自分の判断は
必要だったのかっていうことを、
グルグルと振り返ってみて、
「そりゃそうや。
キレなくて良かった。」
って、最後は納得する。
熱い気持ちはとても大事やけど、
瞬間の感情は、理性を失ってる。
っていうことを、最近、理解した。
そもそも、判断をするのは自分か。
自分の判断はあるけれど、それを
ちゃんと確認をしようとしているか。
そして、その判断が、自分の想いと
相反するんやったら、その判断は
なぜ、その判断になったんやろか。
一瞬の感情は、全部取り除いて、
理性を取り戻し、客観的に考える。
納得いかないなら、聞けばいい。
んー。疲れるけど、きっと大切。
ズルく、姑息になったらアカン。
そんなのお見通し、なんやろな。
とりあえず、面倒くさがらずに
たくさんの「判断の仰ぎ」から、
いろんな発見をしていきたいと、
ここ1週間で、めっちゃ思った。