報告する、ということは、
報告する側とされる側と
2つがある、ってことは、
誰でも分かっていること。
報告する、ということは、
相手方と共有すること。
その共有は、単なる情報の
共有、ということではない。
情報を共有することで、
今後のイメージ、リスク、
究極的に言えば、運命を
共有する、ということだ。
何か聞いた時、
報告を求めた時、
「これから報告を
しようと思ってました。」
こんな言葉をたまに聞く。
そう言われるたびに、
(そんなん、いらんし)
って、思ってしまう。
いっつも気になるのは、
何で「これから」でいいと
思っていたのか、ってこと。
報告を求められたのなら
(なぜ、今のタイミングで
報告を求められたか)
を、考えてみるとよい。
あとは、
「まだ、報告できてません。」
とかも、よく聞く。
いやいや。
そんなの聞いてないし。
(これからしようと
思ってたんです)
ニュアンスを含んでるから
本当にタチが悪い。
それこそ、そんなんいらん。
そもそも、問題は、「まだ」
っていうところにはない。
報告ができていない、という、
その事実のみが問題であり、
それに至る背景や意識など
そーいったものに課題がある。
それを、
(やろうと思ってたんですけど)
的なニュアンスを出されると、
「じゃあ、先にやっとけよ!」
って、逆に、ボクの
逆鱗に触れることになる。
指導受ける際に、
自己防衛は必要ない。
ぜんぶ、お見通しである。
そりゃ、たまには理不尽に
叱られることもあるだろう。
これも、まず考えること。
じゃあ、どうすれば、
理不尽の叱りを避けれたか。
ここに至るまでに、何か
できたことはなかったのか。
こう考えていくことが重要。
こう書くと、
「申し訳ございません」
と謝っておけば無難。
って思うかもしれないけど、
そーいうことではない。
怒られたり叱られた時の
対策を書いてるんじゃない。
「報告しろよ」って
言われないための指南書を
書いてるわけでもない。
言いたいことは、ひとつだけ。
人、それぞれ、
一長一短はあって当たり前。
だけども、
やらないといけないことは
ちゃんとやる仕事人になろう。
それだけ。
自分も反省して、
明日につなげてゆきたい。