『われわれは語り合うということを
学びたいものである。
つまり自分の意見を繰り返すばかりでなく、
相手方の考えているところを聞きたいものである。
主張するだけでなく、全般的な関連を眼中に置いて思索し、
理のあるところに耳を傾け、新たな洞察を得るだけの心構えを
失いたくないものである。
ひとまず相手方を認め、
内面的にためしに相手方の立場に立ちたいものである。
いやむしろ、
自分と反対の説を大いに探し求めたいものである。
反対者は、
真理に到達する上からみて、賛成者よりも大事である。
反対論のうちに共通点を捉えることは、
互いに相容れない立場を早急に固定させ、
そういう立場との話し合いを見込みのないものとして
打ち切ってしまうよりも重要である。』
(カール・ヤスパース著 橋本文夫訳 『戦争の罪を問う』 平凡社 1998年)
カール・ヤスパースは
現代実存主義哲学という哲学を
創ったドイツの学者。
ナチス・ドイツの時代を生きた彼は、
第二次世界大戦の敗戦後、
ドイツ国民は自らの戦争の罪をいかに問い、
裁き、償うべきか?というテーマで
この本を書いた。
「ナチスに惑わされたドイツの過去」
というように切り捨て、闇に葬るのではなく、
どうしてこのような罪は犯されてしまったのだろう?
真摯にそうやって自分たちの罪を問うていく姿勢、
二度と罪を繰り返さないための人間の在り方、
そういうものを語っている。
私たち日本人は、
こうやって自分の問題として、
戦争責任を考えたことがあるだろうか・・・?
って、考えることが大事、ってのものあるけど、
この言葉には、
反対意見こそ重んじること。
共通の目的を思い出し、
それに議論を役立てようとすること。
という、強烈なメッセージがある。
変なプライドが、
くだらない激情が、
人の視野を狭めてしまう。
真摯で謙虚な姿勢を、
本当の意味で
自分のものにしていかなければ、
と自戒する今日この頃。
別に
感情を否定していない。
人間の感情は、
怖いけれど、
でも、
それがあるからこそ
人間は素晴らしい。
そんな気が
なんとなくする。
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否定することなく、
それを素直に受け入れること。
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それができれば、
人間どうしの関係は
より豊かに
より柔軟に
なっていくんじゃ
ないのかな。