少し自分の人生を振り返ってみた。
そうすると、いつでも何かに「巻き込まれてる」ような気がする。
巻き込まれる、っていうか、受動的なことが多いかな。
保育園の時、
まわりのみんなが黄な粉嫌いだから、黄な粉が嫌いになった。
兄貴がファミコンを始めたから、ファミコンを始めた。
小学生の時、
みんなが少年野球を始めるから、野球を始めた。
トモダチがそろばんに行くから、そろばん教室に通った。
中学生の時、
クラスメイトが塾に通うから、塾に通った。
先生達が推してくれたから、生徒会長になった。
高校生の時、
大好きな先輩が陸上部にいるから、陸上部に入部した。
本気で愛した人が、親友の恋人だから、その恋から逃げた。
大学生の時、
初めて会った人にルームシェアを勧められたから、一緒に暮らした。
ゼミのメンバーがイベントボランティアをしてたから、同じことをした。
いろいろ思い返したけど、数は、マダマダこんなもんじゃない。
いろんな行動にはいろんなキッカケがある。キッカケがあるから、次の
行動ができるわけだけど、振り返ってみれば、何かを受身のキッカケが
多い気がする。
自分でレール作って、自分で汽車を動かしたんではなくって、誰かが
思い描いているレールの上を、誰かが動かしている汽車に乗って、
でもって、その汽車の中で、あーだこーだ、と騒いでただけかもな。
そんなことを思った。
ま、それでもいいかな、って思っているけど、
悲しいかな、ボクは時代を作る人、ではない・・・。
そんなことを思った。
このブログで、あーだこーだ、と、偉そうなことを言っているけど、
結局は、そんな人間だ。
それでも、それでも、やっぱり、
いつかは時代を担う、人になりたい。
なんで?
お金?名声?プライド?トラウマ?
ううん。違う。そうじゃない。
じゃあ、何?
・・・。
わからない。
とりあえず、歩いていたら、見つかるでしょ。
ま、死ぬまでに見つかればいいや。
見つかった時に、時代を担う人になれてたらいいな。
今でも担っているんだろうけど、もっともっと、担いたい。
結局、死ぬまで、担い続けて、そして、たくさんの人に
お葬式に来てもらいたい。
ただ、それだけ。