耳元で犬が吠えている。

布団を頭から被りそれを遮ろうとするが、激しくなる鳴き声は頭の芯まで届き、そこで反響し、薄ぼけた意識の扉を叩き続ける。
たまらず飛び起きカーテンの隙間を見るとまだ暗く、安物の黒く四角い目覚まし時計に目をやると、蛍光に光るプラスティックの針が5時30分を指していた。
アパートの隣は古い平屋の日本家屋で広い庭があり、畑や果樹が育てられている。
隔たるアパートの壁は薄い一枚のみで防音機能は全くなかったが、3年ほど住んでいて音が気になることはこれまでに一度も無かった。

ギャンギャンと吠える声が鉄筋コンクリートの壁の中に響く度に苛立ちが湧きたつ。
「うるせえ」
思わず声が出るが、届くわけもなく、変わらず激しい啼き声が、壁の中を、頭の中をハウリングする。

少し大人しくなると、またうとうととした。

事務所でこっぴどく怒られた日に夕方から翌日まで眠り続けた後遺症か、あれ以降ほとんど眠れていなかった。

昨日寝付いたのは3時くらいか。
まだ2時間ちょっとしか寝ていない。

眠りに落ちそうになるとまた、計ったように吠え始めた。


布団に潜って耳を塞ぐが「うるさい」「うるさい」と頭の中で自分の声が大合唱を始め、居ても立っても居られなくなり飛び起きて玄関を飛び出た。

外は白んだ空気が青みを帯びていて、薄い靄の膜が寝静まった郊外の生活音をそこに閉じている。
階段を駆け下りるとまた、何かを気に入らない犬が靄(もや)の膜に大穴を開けるかのように吠え始めた。

「うるせえよ!!」

アパートと古い家屋の仕切りである植え込みの隙間から見える犬の姿を睨みながら叫んだ。


「ワウ!!!ワウ!!!!」

「うるせえっつってんだよ!」


言葉の通じない獣に何を言っても意味はないのはわかっている。
だが、衝動を止める事はできなかった。


わかっている。
この世で一番うるさくて迷惑なのは俺だ。


そのうち飼い主が出て来て、犬の口を押さえたのか、「ぅぉん、ぅぉん」とくぐもった声が聞こえてきたのに満足してベッドに戻った。
だが結局、カーテンの隙間から刺しこむ光が強くなって行くのをベッドからただ見つめているだけだった。




開店時間近くになると溜息混じりに家を出て第三へ向かった。

ゴールデンバレリーナの件で後ろめたい気持ちがあり、出来れば行きたくなかったが、そんな事を言っている状況ではなかった。
家賃を入金するまでもう日は無く、ゲームやCDを売り払った分も合わせてとりあえずの種銭はいくらか出来たが安心出来るほどでは無い。


毎朝、10時に手動で開かれる自動ドアを通り抜け早歩きの速度でほぼ全台の釘を見る。
5分と経たずに見終えて、これだと決めた台に座る。

ハネモノは勝率は良いが4000個打ち止めルールがあるため、余程の釘でないと今の状況では利益最大化の面では逆に不安定で候補から外していた。
最近は大脱走やピカ五郎、継続ラウンドがデジタルタイプの冒険島等、甘い機種が無いのも要因だったがやはり客が随分減ったような気がする。

CR機は大当たり確率が低く、持ち球比率が安定しないため基本的に打てない。
釘通りに出やすいのは、役物権利モノ、ハネモノと非CRタイプの小デジ確変デジパチだったが、そこに第4の勢力が台頭してきていた。

一般電役である。
大当たり確率が比較的高く、意図的な連荘性は無いが低い連荘性や連動電チューのハズレによる出玉の増減を有していたので一回交換がやり辛い特性もあってか、無制限営業またはそれに準ずる(LNから無制限等)ルールが採用されやすかった。
ゆえに持ち玉になりやすく回れば安定して稼げた。

平和はアトミック、コスミックと似たような名前の電役を連続でリリースしていて、名前からして兄弟機なのだが見た目は全然異なっていた。
アトミックは反射鏡を使った投影式7セグ液晶、コスミックはフル液晶である。
どちらも大当たり確率は1/132と高く、アトミックは出玉1900、コスミックは出玉2200個程度で当然コスミックの方が甘い。
一般電役はスタートチャッカーが賞球の無いスルーチャッカーとなっていて、スタート下の賞球のある入賞口がベースをかなり左右した。
基本的に賞球が無いためスタート通過は頻繁で、1回転あたりの価値が高いことからオーバー入賞防止の細かい止め打ちは当然重要である。

豊丸の名機ナナシーや奥村のマジカルランプ等がリリースされ、一般電役黄金時代に突入するのはもう少し先の話となる。

とにかく今は台の作りが面白いなんてことよりも金、勝てる台を欲していた。
朝から晩まで回る台をとにかく回し、少しでも多く金を稼ぐ。
それだけを考えていた。

それ以外は考えたくなかった。