「これ知ってる人?」
「…」
高崎駅西口のATMコーナーを使って俺のカードから現金を引き落とをしている人物の動画が再生されている。
帽子を目深にかぶった男が一番認識しやすい位置で一時停止され、また戻され、再度一時停止された。
「これ、知ってる人?」
「…いえ、知らない人です」
「じゃあお手上げだ」
刑事は言葉通りに、両手を肩の高さまで上げると軽く溜息をついた。
刑事課のオフィスは雑然としていて、所狭しと並んだワークデスクの上は書類で埋め尽くされている。
動線はひっきりなしに人が移動し、全体的に落ち着きが無いのは始業直後特有の忙しさなのか、刑事課特有の事情なのか。
昨日の夕方訪れた時はどうだっただろう?
そんな事を考える余裕も無く、ただただ画面に映る見知らぬ若者を凝視していた。
合い向かう刑事は固いソファから面倒くさそうに腰を上げ、ビデオ・デッキからテープを取り出すとモニターの電源を落とし座りなおす。
デザイン性のない木製テーブルが、テープが置かれる音をガチャンと響かせると同時に刑事の口が開かれた。
「まあ本人が降ろしに行く道理はないけど、映ってた人は見たこともない?」
「はい。知らない人でした」
「んー、じゃあ君が犯人だと思っている人がそうだとは断定できないね」
「でも、彼しか心当たりがないんで」
「本当に?何でその彼は暗証番号知ってたの?」
「中学の時の同級生の電話番号なんですけど、あいつとその子がバイトが一緒で知った時に盛り上がってその子の家の下4桁使ってるって話したことがあって」
「はーん。じゃあその同級生も可能性あるわけだ?」
「いや!それは無いです!もう付き合いないから」
「ふーん。どのくらい前まで付き合いあったの?」
「2年くらい前です」
家に遊びに来た時、不意にキスしたら頬を引っ叩かれて泣いて出て行く後ろ姿をを瞬間思い出し、胸のあたりがぎゅんと締まった。
「今、彼女とかいるの?」
「います」
「じゃあその彼女は??どう?怪しいところない?」
「絶対するタイプじゃないです」
「そんなのわからないよ?」
「わかります!!!」
何となく、彼女をバカにされたような気がして語気が強まった。
「ふーん。まあ映ってたのが全く知らない人じゃこれ以上調べようがないよ」
「指名手配とか出来ませんか?」
「いやいや、証拠もないのに出来ない出来ない!」
刑事は少しバカにしたように笑いながらそう言うと、進展があれば連絡するから今日はここまでで、と話を打ち切った。
警察署の出口へ向かう狭い廊下を忙しそうに行きかう人にぶつかりそうになりながらのたのたと歩く。
期待していた出口への光が閉ざされ、また完全なる闇に呑まれてしまったのだ。
車に戻るとハンドルへもたれ、刑事とのやり取りを思い出し、真剣に相手にされなかった虚しさにいら立つ。
確かに社会的に見ればチリのような40万円だ。
だが、俺から見れば俺の全てだ。それを軽く扱われるのは社会的立場が低いからか?無職だからか?
パチンコで稼いだあぶく銭だからか?
いや違う。金は金であり、金額の大小が事件として扱われる大小に比例するのか。
俺の事情なんて刑事には関係ない。
「これ以上調べようがない」のに進展なんてあるわけない。連絡なんてもう来るはずがない。
無職の世界で起きた小さな事件に時間を割いて調査する暇なんて警察には無い。
それはわかる。わかるが、もう少し…クソが…。
次に打てる手は、地川と共通の友人にあいつの行方を聞くことだ。
手当たり次第にいそうな場所を探し、聞いて回った。
「知らない」
「何か証拠があって疑ってるんですか?」
「地川がそんなことするわけない」
「決めつけるなんてかわいそうだ」
愕然とした。
そうか。彼らは共通の友人なんかではなかったのだ。
彼らは地川の友人であり、俺は地川の知り合いに過ぎなかったのだ。
思い返せば、事件の直前に
「俺の同級生が地川の同級生の子を妊娠させた、堕ろしたいけど金が無いから貸してやってくれ」
そんな電話や金に絡む相談が何件かあった。
こいつらが裏で繋がっていないと信じる理由なんて何一つもないじゃないか。
俺の味方なんて一人もいるわけがないじゃないか。
吐き気がした。
空っぽの胃から湧き上がる怒り、えずく度に酸に削られる自己が猛烈に視界を狭める。
殺したい。死にたい。
だが負けたくない。
まずは生きなければいけない。
当月分の家賃光熱費として入金してあった別口座の10万円を全額引き落とす。
これを種銭として増やさなければならない。
期限は1週間。負けは許されない。
地川のやった事は一生忘れない。
だが、今やるべきことは犯人探しではない。
自分のパチプロとしての矜持を全うする事だ。