翌日夕方。
西口のロータリーへ向かった。
デニムのオーバーオールにボーダー柄のニットセーター。
赤地のキャップを被りポケットに両手を入れた猫背のヒゲ面が、忙しそうに行きかう人々からかなり浮いている。
地川である。
車を乗降口に寄せ、助手席の窓を降ろす。
助手席から見える様に首を伸ばして声を掛けた。

「乗れよ」

声に反応して少し屈んだ地川と目が合った。

「お!新車ですね」

ドアを開け、おじゃましまーすと乗り込んでくる。

どこか行く?と聞くと、家飲みしましょうと即答。
ブレーキペダルからアクセルペダルに足を置き換え、軽く踏み出すとロータリーを抜け家路を辿る国道へと向かった。

「どうですか最近?」
「彼女出来たよ」
「いいじゃないですかあ」
「地川はどうなの?」
「俺はそういうのしばらく良いかな」
「つーか何してたの?東京にいたの?」
「都内の友達のところにいますよ」
「そういえばオーディションどうした?プロになれそう?」
「まあなかなか難しいです」
「歌上手いのにね」
「はは。ところで彼女さんとは結婚しないんですか?」
「まだ付き合ってそんなに経ってないからあまり考えてないよ」
「時間なんか関係ないじゃないですか。しちゃえしちゃえ!」
「無職がそんな簡単に結婚とかできねーよ」
「まあそれもそうですね」

お互い少し痛いところをつつき合って、少し黙る。
アスファルトの接地音と、少し開いた窓が風を切る音だけが時を進ませた。



ほどなくスーパーに着くと大量の酒と適当なツマミをカゴに放り込む。
地川は未成年だが大酒飲みなので多くて困ることはないだろう。
「後で払いますね」と言う地川に「いいよ奢るよ」と制すと「すみません」と返るが、まあどうせ払う気は無いだろうし予定調和ってやつだ。


スーパーのビニール袋をカチャカチャ鳴らしながらアパートの階段を登りドアを開ける。
少し焼けた空がドアの隙間から消えて行き、一瞬の暗転の後に玄関の白熱灯が薄暗い玄関を照らした。
ただいまともおじゃましますとも発せず、ダイニングキッチンを抜け居間に入り、ビニール袋をフローリングに置いてツマミをテーブルに積み上げる。
テーブルを挟んで面と向かい座す。

「さて」
「なんか久しぶりですね」
「もう来ないかと思ってたわ」
「はは、お互い色々ありますからね」

ビニール袋から冷えた缶ビールを取り出し互いに持つ。
示し合わせたようにプルタブを引いてプシュと音を立て「カンパーイ!」と何に乾杯するでもなく缶をぶつけた。



酒が体に入る度に時間がゆっくり溶けて行く。
中学の時に女子トイレの和式便座正面真ん前にドリルで穴を開けて同級生の性器を全て見た強者の話。
オジーオズボーンの逸話。奥田民生。歌の話。女の話。
話が尽きればガヤでしかないTVにたまに文句を言ったりする。酒を注いで飲む。
それだけの時間。

趣味はあまり合わないし、生きるベクトルも違う。
それなのにこんなに楽しいのは何故だろうか。
お前もそう感じている?そうだといいけど。

漫然と流れる時間が刻々と闇を運んでいる。

「地川、風呂どうする?」
「あー、俺はいいや」
「俺はシャワーしてくるから適当にしてて」
「じゃあそろそろ寝るかなー、あの部屋まだ使っても大丈夫です?」
「漫画の量が増えて狭くなってるけど良いよ」
「はーい、じゃあごゆっくりー」


そうして夜は流れて行った。





翌朝。
いつもの様に9時に目覚める。
昨夜の宴の片づけをしていると物音を感じたのか地川が部屋から出て来た。
とりあえずパチでも行きましょうと言う。

「とりあえず第三行く?」
「あー、あまり行ったこと無いところがいいかなあ」
「おっけー」

普段行かない方面へ車を走らせる。
パチ屋はそこら中にあるので、どこへ向かってもさしたる問題はないのだ。



30分ほど走ったところで「ニュードラゴン 次の信号左折その先200M」という看板が目に留まり、その案内に素直に従うことにした。
ニュードラゴンの前身がドラゴンだったかどうかは定かではないが、年期の入った建屋にそれなりの歴史を感じる。
店内の客はまばらで、平日の朝ということを考慮しても繁盛しているということはないだろう。
とりあえず打った事の無い台を打とうと一通りの釘をチェックする。
良さそうな台をピックアップしてから遠巻きにしている地川に話しかけた。

「何打つ?」
「あ、俺、財布忘れたんでその辺ぶらぶらしてます」
「は?アパートに忘れたの?取りに戻る?」
「いえ、東京に忘れみたいなんで大丈夫です」
「ええ??東京??てか、電車乗る時どうしたん?」
「電車はキセルしたから気が付かなかったんですよね」
「??今もキセルとか出来んの??」
「簡単ですよ。帰りも何とかなるから本当に気にせず打ってくださいよ」
「少し貸そうか?」
「いや、いいです。返せないと困るし。気にしないでください」
「まあそういうなら…」

何だか釈然としない中、1000円札を何枚か500円玉に替えて打ち始める。
何を打ったかは覚えていないが、すぐに当たって不穏さを敷いた箱を下皿から落ちる玉がザラザラと覆いつくした。
そうして昼が過ぎ午後。地川が突然、
「急用で帰らないとなんで、第三に行ってそのまま降ろしてくれると助かります」
と言うので、適当に切り上げて第三に向かった。
金は本当に大丈夫かと聞くと、なんとかなるから大丈夫だと頑なに言う。
第三の駐車場に着くと助手席から降りた地川は「ありがとうございました」と言い残し、目前の高崎駅に向かって速足で駆けて行く。
その後ろ姿に形にならない、漫然とした不安を覚えたが、遠ざかる彼に問える術はない。



そして二日後。

キャッシュカードが財布から消えていることに気がついた。