1年余りお世話になったミラと別れた翌日。
少し早めに起きてアパートの階段下にある空きスペースに停めてあるマウンテンバイクを引きずり出す。
進行方向を定めてから少し細めのサドルに跨りアスファルトを蹴る。
ペダルを力いっぱいこぎ出すと、すぐに最高速へ達した。
学校も会社も既に始業している時間帯だ。道路を走る車は少なく、自転車も歩行者も何も邪魔するものは無かった。
高低差のある大橋へ差し掛かると、ペダルを回す力をもう一段階上げ、車体を左右に振りながら一気に頂点へ駆け上った。
夏の残る空気は生ぬるく少し汗ばんだが、背の高い防音壁が作る影の中は少しだけ冷たく心地よかった。
大橋の頂点へ達するとペダルを回すのをやめ、重力にまかせて風を切る。
摩擦がスピードを緩めて行くのを感じ取るとまたペダルを回し、次の小山を負荷もなく登った。
目下に見える架線では電車がゆっくりとスピードを上げ、東京方面へ向かっている。
小山を下りながらまだ遠くに見える交差点の信号が青に変わるタイミングに速度を調整し、止まることなく駆け抜けた。
腕時計を見ると9:30を指し示している。右手に見える第三にまだひとけはない。
そのまま第三を少し通り過ぎると駅前のコロラドでマウンテンバイクを止め、重いガラスドアを押し開いて店へ入った。
ドアが閉まると同時に、香ばしいコーヒーの匂いが鼻腔をくすぐる。
「お好きな席へどうぞ」と声がかかり、ざっと店内を見回してみる。
この時間の客はまばらで、大抵は新聞を大きく開いて何かを熱心に見ているおじさんがいるだけだった。
適当に窓際の席に座るや否や、おしぼりと水が届けられる。
俺も負けじと「ご注文がお決まりの頃お伺いします」と言われる前にモーニングセットを注文した。
トーストとサラダ、アイスコーヒーが間も無く届くと、トーストにマーガリンとジャムを塗ってアイスコーヒーで胃に流し込む。
何となく大人な気分。
喉を通って行くトーストの破片を感じながら、田山氏はコーヒーだけしか飲まないんだっけ?なんて考えて、パチプロ日誌を執筆している田山幸憲氏を少し意識している自分に気が付いた。
サラダを食べながらさらり時計を見ると9:55。
慌てて残りのサラダを平らげ、アイスコーヒーを一気に吸い干すとテーブル脇に置かれたレシートを手に早足で会計を済ませる。
重いガラスドアを外側へ開けた瞬間、生暖かい風が体に巻き付き、カッコウカッコウという歩行者信号の音が耳を叩いた。
コロラドから第三に移動し、店裏の駐輪場にマウンテンバイクを停めしっかり鍵をかけて入口へ向かう。
オフにされている「自動」ドアが店員の手によって開かれると、中央から流れ込むように店内に抜け、とりあえず権利モノの釘から見始めるが、やはり最近は釘が渋い。
CR黄門ちゃま2と同時に設置された現金機の黄門ちゃま2の釘がまあまあだったので、とりあえず打ち始めてみると、千円で30回程度の回り。
CRの方は確変で無制限だったが、現金機のルールは「確変図柄がLN、4,9で当たると交換」「11時までに当たればLN扱い」の変則ルールだった。
現金機の黄門ちゃま2は、少し変則スペックで確変図柄はCR版と同じく1/3だが、確変図柄は12Rで1800発。通常図柄は16Rで2400発である。大当たり確率は1/245。
確変図柄と言ってもメインデジタルの確率がアップするわけではなく、メインアタッカー下の小アタッカーの開放確率が上がるだけで、「次回大当たりまで玉を減らさずに遊技できます」という仕様だ。
確変中がダルそうな仕様ではあるが、小アタッカーの戻しが7個なので、小アタッカー開閉に合わせてきちんと止め打ちすれば確変中に玉が増えまくるのである。
CR機よりも打ち手の工夫が出玉に反映されるし、当たりも軽めなので俺は現金機の方が好きだった。
運良く11時前に通常絵柄で当たり、そのまま持ち球遊技となったが、夕方に当たった確変中に9のリーチ。
いつもは余り頼りにならない弥七がザスッと9を風車で刺してしまい、交換ナンバーでの当たり。
ここまでかとがっくりしたが、後半のラウンドまで店員が確認に来ないので「このまま大当たりが終われば持ち球遊技続行出来る」とドキドキしながら息を殺すも、結局店員が札を交換しに来てしまい持ち球を流す事となった。
現金を使うには微妙な時間だったので、「今日はもう上がりだな」と両替をして駐輪場に向かうと、停めていたはずのマウンテンバイクが見当たらない。
「え!?マジで!!!??ウソだろ!?」
少し途方に暮れ、我に返ると共に沸々と沸いて来る怒り。
腹いせに駐輪場の柱を思いっきり蹴飛ばしてみるが、盗まれたものが戻ってくるわけも無く、ただ虚しく屋根が震えていた。