ある日、老舗のかつ丼がどうしても食べたくなった。
その店のかつ丼は、両手のひらから少しはみ出るくらいのサイズの丸い丼ぶりに白米が無造作に盛られ、その上にタレカツがでんと3枚乗っているだけのシンプルなものである。
だが290円という破格の値段設定からは想像できないほど美味しかった。
箸休めの黄色いたくあんが3枚付いてくるのも嬉しい。

店に着くと店内はかなり混んでいたが、カウンターがちょうど空いたらしくすぐに席に通された。
スーツ姿で忙しそうに丼ものをかき込んでいるサラリーマンを見て、そういえばランチのコアタイムだなと気づく。
時間に縛られていないのだから、空いている時間帯に来ればよかったと思うも後の祭り。
少し待つ状況だったら帰っていただろうし、食べたかったから来たのだから座れて良かったと思うことにした。

白い割烹着を汚しながらも目まぐるしく動き続ける厨房の料理人を見て「大変そうだな」といかにも他人事な感想が浮かぶか浮かばないかのうちに「あいよタレカツ丼お待ちどうさま」と置かれた蓋の無い丼から立ち上る白い湯気の奥に見える3枚のタレカツを見て胃袋が音を立てる。
たくさんの割りばしが刺さる銀の筒から素早く一対の割りばしを引き抜き、目の前で真っ二つに割る。
心の中で「いただきます」と手を合わせ、まずは左に置かれたタレカツを軽い木の棒で挟み、口に運んだ。
薄めのカツからあふれ出るタレのうま味と肉の食感が失われないうちに上のタレカツに食べかけのタレカツを重ね置き、タレカツに隠されていたタレに色づけられた米を削り取って口の中で絡める。
うまい。それ以外の感想は必要ない。
左、上と夢中で食べ進み、っ黄色なたくあんを一枚頬張った。
丼を1/3程残し、口の中でまどろむ油と米粒とタレを氷水ですべてすすぎ流した。
一息つき、さて残りを頂こうかと思ったその時、隣に座っていた人が声を発した。

「あれ?lycoじゃない?」

右に首を回してみると、高校の同級生だった小南が目に入る。

「あ、小南じゃん」

小南は確か…国土交通省に就職したはず。国家公務員である。

「おー久しぶり」

と言いながら、作業着を羽織った小南が舐めまわすように俺を見た。
俺はダメージジーンズとTシャツの上にまだらな藍染のシャツを合わせていて、どこからどう見てもサラリーマンには見えない風貌だ。

「お前、今何してんの?」

「あー、パチンコとか?」

「もったいない」

「…小南は順調なん?」

「まあね。俺は昼休み終わっちゃうからお先に帰るよ。頑張れよ」

「またね」


何がもったいないのだろうと頭の中でぐるぐる回る。
好きな事をして生きるのは悪いことなのだろうか。
働くことが正義なのだろうか。
確かに今日は第三も朝日も打てる台がなくて暇だったが、金は同年代のサラリーマン以上には稼いでいる。
何がもったいないのか。
時間の浪費?人生のプラン?
良くわからない。
知らない間に残りのカツ丼は消えていた。

ポケットから小銭を取り出し、ごちそうさまと支払いを済ませる。
ボロ車に乗って次に見るべき店に向かう。

空は晴れている。

明日もきっと、晴れだ。