世間的夏休みが明け、去り行く熱気と夜風に混じる金木犀の匂いが季節感の無い生活に少しばかりの彩りを与えていた。
空気が澄んで行くと共に専門学生や大学生を見かける頻度は減ったが、未だに玉を弾いている浪人生は数多くいた。
「お前ら大学行く気あるの?」と冗談混じりに指摘すると「本気出すのはこれから」なんて常套句を平気で吐き出す奴らである。
人がそこに留まるのは大抵当人にそれなりの理由があって、天のせいでは決してないのだ。
まあ彼らからしたら高卒で会社も即退社した中途半端なやつに言われたくもないだろうが、今ここで夢中になって玉弾いてる奴は絶対来年もここにいる。
これは断言しても良いと思った。

そんな中、パチンコはあまりやらなかった小学校からの親友の渡邊も近くの予備校に通っていて、たまに第三に顔を出すことがあった。
(親友といっても、あちらの親から見たら俺は悪友なのだそうだ)
基本的に「良い台教えて」と言われても短時間で出るかどうかは時の運で、出なかった時の責任は取れないので他人には教えないことにしていたが、渡邊にはパチンコの面白さを伝えたい気持ちもあって良い台があると率先して教えていたのだが、彼は店で2番目に良い台を教えても(もちろん俺が1番良い台を打っている)毎回腐らせるほどのパチ運の無さで見ているこっちがいつもハラハラしたものだ。

ある日の夜、家に遊びに来ていた渡邊と同級生である陸部の話になり「どうしてるかな?」と電話してみることにした。
陸部は東北大学に進学し、仙台に住んでいた。

コードレス子機のプッシュボタンをメモ帳に書いてある陸部の電話番号通りに押すと、数回の呼び出し音の後に元気そうな陸部の声が聞こえてきた。

「もしもーし」
「陸部?lycoだけど元気にしてる?」
「おー!久しぶり!元気にやってるよ!lycoは何してるの?」
「あー、会社やめて、、まあパチンコとかしてます」
「えーもったいない。ちゃんと生きなきゃダメだよ」
「まあそのうちね、そっちはどう?」
「大学生活も落ち着いてきて、今のところ時間に余裕はあるからいつでも遊びに来てよ」
「じゃあ今から行くよ。渡邊と地川と一緒に」
「渡邊君もいるんだ え!?今から??え!?21時過ぎだけど…」
「そう!今から出る。何時間くらいかかるかな?」
「引っ越しした時は…8時間以上はかかったと思う」
「となると、朝6時くらいになるかな」
「本気で来るの?」
「もちろん」
「じゃあ近くまで来たら電話してよ。とりあえず寝てるから」
「おっけー!じゃあまた朝に!」
「はい…」

電話を切ると、「じゃあそういうことだから」と渡邊と地川に伝え、買ったばかりの中古ミラに状況の飲み込めていない二人を乗せ、紙の地図であるマップルを頼りに仙台青葉区を目指し出発したのだった。

少し走り出したところで
「どこに向かってるんですか?」
と地川。

俺は「仙台」とだけ答える。

「は??」
当然の反応の二人。
その様子が何だか可笑しくて少し笑ってしまった。


地川は第三で知り合って最近頻繫に遊ぶようになっていた高校生である。
一つ年下なのだが、妙に達観した空気を纏ったヤツで、風のように自由に生きたい俺と妙に気があった。と当時の俺は思っていた。
陸部とはバンドを通じた知り合いらしく一応共通の知人ではある。
地川の事は後々詳しく語ることになるだろう。


「明日予備校あるんだけど…」
助手席に座る渡邊が神妙そうに言うが、
「まあなんとかなるよ」といなしてコンビニで夜食を漁り、走ったこともない夜道をひた走る。
深夜に差し掛かろうとしている平日に走っている車はそれほど多くなく、快調に仙台までの距離を縮めて行った。

国道50号から栃木に入ると「おもちゃのまち」と書いてある看板が目に留まって大いにはしゃいだ。

「おもちゃのまち!」
「おもちゃが住んでいるのか!?」
「やべー、寄りてー」
「おもちゃ団地!」
「おもちゃ団地!」
「おもちゃ団地!」

多分この夜におもちゃのまちをこれほど楽しんだのは俺たちだけだと思う。

寝静まったおもちゃのまちを横目に県道2号から国道4号に入る。
ミラのアクセルをベタ踏みして、スピードメーター限界の120kmを維持し続ける。
小刻みに震える車体は限界に近かっただろうが、若さ有り余る無謀な運転にしっかり喰らいついていた。

代り映えの無い景色に飽きて来た頃だった。
深夜の眠気を覚ますような赤く激しい光がミラを包んだ。

車内に走る緊張感。
上方に見えるパトランプの様な赤い光。


メーターを確認するが疑いようもなく120kmである。
側道の標識は「50」つまり70kmオーバー。

無情な光を浴びせたオービスは遥か後方で既に暗闇に紛れ、次の獲物を狙っていた。


無言の車内。



「連帯責任で」
「1/3払います」
「まあ…」


その後は3人のトーンダウンと共にスピードも緩んだが、予定通り朝6時過ぎに青葉区へ到着。
コンビニの公衆電話で眠そうな陸部に詳しい位置を聞き、ようやくアパートにたどり着いた。
狭い車内の運転席から解放され、どこを観光するか!牛タン!パチ打つ!?などと盛り上がっていた。




…渡邊を除いて。

その渡邊が重そうな口を開く。

「悪いけど午後の予備校までに帰らないと親に怒られる」


「え?今それ言う?」
「行く前にも言ったと思う」

電車で帰れば?と提案するがそれなら金がないから貸して欲しいと言う。
でも電車の乗り方もわからないから不安だと。当時はスマホもないので仕方ない。

何を言っても帰る意思は絶対に揺るがないようだった。

「何時までに帰らないとなの?」
「13時」
「高速使わなきゃ無理じゃん」
「帰るの!?」
「え?帰るんですか?」
「地川残る?」
「いえ、、、帰ります…」
「渡邊、高速代払えよ?」
「払う」


結局、仙台滞在15分でとんぼ返りすることとなり、全旅行史上最速の帰宅記録を打ち立てた。



俺は寝ずに12時間以上ほぼぶっ通しで運転。しかも帰りは車内無言という最悪の空気。

オービスの不安もあり最悪の一日となったのだ。



予備校にはぎりぎり間に合い、疲れた体を休めようと座った先はダービー物語。
ダービー物語は大当たり後の保留3,4に連荘性があり、麻雀物語を超える連荘率を誇っていた。
保留3で当たるとほぼ保留4でも当たる特殊な仕様で、仕組みはVゾーンを2秒タイムアウト内に連続で5個通過した場合にオーバーランが発生して保留3,4が上書きされる。
上書きされる乱数が大当たりを含む確率は1/16だが、保留3に大当たり乱数が書かれた場合、保留4にも同じ乱数が書かれるため、1/16で3連荘が確定する。
保留3にハズレ乱数が書かれた場合でも保留4に大当たり乱数が書かれることはあるため、トータル連荘率は30%を超えた。
この「Vゾーンを2秒タイムアウト内に連続で5個通過」という条件が、検定試験のVゾーン周り通常釘では発生する確率が低く、ホールの運用ではVゾーン周りの釘を大きく曲げてほぼVゾーンに向かう調整となっていたため、連荘率の過激さと検定試験逃れの仕様を問題視され「ダービー物語事件」としてパチンコ業界史上初の逮捕者を出す大事件へと発展した。
事件後はVゾーン周りの釘が初期状態の釘に戻されたため、連荘どころかパンクが続出し、撤去の流れとなった。

この機種はリーチに偏りがあることも特徴で、通常はカップ絵柄でばかりリーチがかかるのだが、普段滅多にリーチにならない3や5でリーチが掛かると激熱だった。
当たり方も3周程度廻って止まる通常の当たり方の他に、リーチになった直後の高速回転からビタっと止まる「ビタ当たり」に衝撃を受けたものである。

ちなみに自信初の朝から2000回転ハマりで若さの台パンから血だらけになったのもダービー物語の良い思い出だ。