3月下旬。
何の感慨もなく卒業式が終わり、就職が決まっていた大手電機メーカーの研修が始まる。
入社は4/1付けだったが、その1週間ほど前に会社持ちの保養所で泊まりで催された。
テーマに沿ったレポートの提出やチームディスカッション等が行われたが退屈極まりなかった。
特にレポート提出はどんなに早く出そうが人事の検査で必ず難癖付けられて再提出を求められるので、こんな無意味なことがこの世に存在するのかと驚愕すらした。
時間を空けてから内容はほとんど直さずに再提出してみると合格判定が出る。
アホか。誰よりも早く仕事をしたことを認めないで何の達成感があるんだ。
これが何を育む目的かは知らないけど、圧迫面接みたいなやつ大嫌いなんだよ。
マジでやってらんねー、人事のKクソ過ぎるわ。
大人しい人が多い中、一人で吠えに吠えた。
そんな狂犬ぶりを発揮していたら、人事には目を付けられ同僚には何故か一目置かれた。
4/1に虎ノ門にある本社で入社式が行われた。
入社式はグループ全ての新入社員が一堂に会する大規模なものだった。
式が終わり帰路に着こうとすると、大卒のAさんに「東京の同期の女子誘ったからこのまま飲みに行くぞ」と誘われ、他の同期には内緒でこっそり移動した。
バーに行って2:2で飲み始めたが、高卒は自分だけで場に不慣れなこともあり、緊張していて酔いが早く回った。
トイレに立った帰りに鏡張りの廊下ですれ違う人と同じ動きになってしまい「すみませんテヘヘ」と頭を下げたら向うも頭を下げた。
顔を上げると鏡に映った自分だったことに気がついて爆笑した。もちろん相手も爆笑した。
席に戻ってその話をしたらみんな笑ってくれた。
Aさんは「お前、他の同期の奴と違って本当に面白いよ」と褒めてくれた。
久しぶりに人に認められた気がして嬉しかった。
社会人も良いもんだな。
緩く流れる思考の波の中で、浮かぶ紙の小舟のようにぼんやりと揺蕩った。
2次会にカラオケに行くと畳1畳分もない部屋に4人が詰められた。
ジュークボックスが2台置かれたら、もうドアも開かないような本当に狭い部屋だった。
「狭いですね」笑いながら言うと「東京は結構このくらいの多いかも?」とMさんが可愛い顔で笑う。
あまりにも可愛かったので、電話番号交換しましょうと勇気を出して言うと「いいよー!」と笑顔で交換してくれた。
あっという間に夜は更け、走る時間を終電が追った。
東京組とは改札で解散してAさんと地元行きの電車に慌てて駆け込む。
明日から出社ですね。
おう頑張ろうな。
そうやって社会人一日目が終わり、二日目が始まろうとしていた。
翌日、出社すると会議室に集められ、配属を決めるためのテストが行われた。
線が交わらないように一筆書きでルートを描くテストだった。
こういった知能系テストは大好物だったので、誰よりも速く正解が描けた。
次の週には配属が決まった。
CADを用いてコンピューター基盤の配線設計をする部署だった。Aさんとは別の部署になった。
CAD自体の操作は簡単だったが、作成したデータをフロッピーディスクに入れて中央のサーバー(的な)PCにコピーする手順だけが煩雑で、OJT(指導役の先輩)に「これどうやるんでしたっけ?」って聞いたら「メモ取らないからわからなくなるんだろ?」と怒鳴られてめちゃくちゃ頭に来た。
メモ取らないと覚えられないヤツなんて仕事出来ないヤツだと思ってたから、同期が必死にメモ取っている中で手帳さえ準備してなかった。
一度で覚えられないならメモ取れって話にしても、何カリカリしてんだこの人は?カルシウム足りないんか?カルボーンでも食っとけよ。もう売ってないけど。
メモを取る振りしてカルボーンの絵をノートの切れ端に書いた。
先輩も性格合わないし、CAD配線の仕事は簡単なくせに手順が面倒でつまらない。
新人だから難しい図面の仕事は当然回していないのだろうけど、これが複雑になったとしてもつまらないことは変わらない気がするし、どうせ先輩方も大したことないんだろ?
そういえば俺はプログラムがやりたいんだったと思い出して、人事に配属された同期に「プログラムやりたいんだけど、他の部署に異動してもらうことはできないの?」と尋ねてみた。
研修で大嫌いになったK次長に呼び出され「プログラムやりたいんだって?」って聞かれたので「はい。そうです。」と答えた。
まあ異動できる時期になれば掛け合ってあげるよと言うので「それいつぐらいなんですか?」と尋ねると「5年くらいかな」との回答。
はぁそうですかそりゃ永久ですねと半ば諦観して業務に戻った。
月末に歓迎会が開かれ、2次会でスナックに連れていかれた。
新人カラオケ歌え!と先輩が命令する。
同期は前に出ないタイプばかりだったので、じゃあ俺が歌うわと連続で曲を入れて歌った。
すると「もうお前は歌わなくていいよ!Yが歌え!」歌うのが得意じゃない人に無理やり歌わせ始める。
こいつら本当に嫌いだわと心の底から軽蔑した。
入社式の時に行った飲みは本当に楽しかったのに、同じ社会人でもここまで違うのか、それともみんないつかこうなってしまうのか?と思うと吐き気がした。
東京のMさんに電話してそっちはどうですか?と話してみる。
もう既に一人辞めてしまったらしい。
お互い頑張ろうねと励ましあったがそれも虚しく思えた。
初めての給料が出た。手取り17万。
3月にパチンコで稼いだ金より少なかった。
なんで面白くも無い仕事と嫌いな先輩の相手をしながらこんな少ない金で時間を売らなければならないのだろうか?
5年後にやりたいことがやれる?
そんな保障はどこにもない。
歓迎会の後からYが来なくなった。
Yは心が弱そうだったので、そうなるんじゃないかとは思っていた。
GW明けにYの母親から電話があって、正式に退社の運びとなったらしい。
Yと同じような目で見られるのが嫌だったので、辞めたい気持ちを殺して仕事をした。
6月にボーナスが出た。1か月分だった。
同時期に教習所から電話が来た。
「免許を取るつもりなら権利失効してしまう前に、仮免だけは取った方がいいです。再入所が安く済みます。」
会社に行きながらは期間的に無理だった。
やめる理由はこれでいいじゃないか。
どうせ長続きしないなら早い方が良い。
もらったボーナスを再入所の費用としよう。
翌日、会社に電話してやめる意向を伝えた。
二度と会社には顔を出さなかった。
人は自分の都合の良いように考える。
他人の所為にしようが所詮は自己に内包される認知の問題なのである。
人は歴史に作られ、形を成す。
この時の自分が、過去が、どんな経緯だったとしても、生き方の言い訳になるわけではない。
だが、こうしてパチプーは作られたのである。
大海を知らず、人を見下し、自己を過大評価する。
そんな奴の行きつく先は、結局地獄しかないのだ。