【動けないと感じていたあの頃】
「動けない自分」という評価は、
どこからやってくるのか?
離婚後、三年近くもの間、
自分を「動けない人間」だと思っていた。
人生詰んだ、しょうもないヤツ。
それが当時の自己認識だった。
自分責めをやめたかった。
責められたら、苦しい。
苦しいのは嫌だった。
だが、決して止められはしなかった。
最低限の心地よさを自分に与えてやりたかった。
それで良かったはず。
別に否定されるのものではないはず。
なのに、その奥にある、
「方向が違う抵抗」が確実に存在していた。
心地よさを希望したい。
だって、苦しいのは嫌だ。
それを希望するのは単なる保身だろ?
ずいぶんと都合が良くないか?
その両側を薄々感じながら、
気づかないように必死に蓋をした。
自覚すると苦しさに耐えられなかったからだ。
最低限の心地よさの確保のために、
仕事にはなんとか行っていた。
お金は要るからね。
そして、自分で決めた最低限の水準の日常生活だけ
送れるよう、頑張って整えた。
だけどね …
問題はそこから先。
頭では
・人生変えたい
・まだ詰んだとは思いたくない
・自分ビジネスで稼ぎたい
なんて思いながらも、
そこへ向かう行動には、さっぱり繋がらなかった。
もちろん、疲れを自覚していたし、
眠気もすごかった。
これでは動くに動けない。
これって、詰んでいるよな?
【安いドーパミンに流れていた】
当時、かろうじてやっていたことを並べてみる。
・動画やアニメを見る
・スマホの無限スクロール
・酒を飲ませてやる
・甘いものを買ってやる
・食事はスーパーの惣菜のみ
・そのための買い物へ行く
疲れていても、やれることばかり。
それでも、時間を、睡眠を、体力を使う。
翌日には枯渇感しか残っていない。
人生を変えようと足掻く力もないまま、
・あなたがやりたいことは?
・面白そうだと思っていることは?
そんな話を自分に聞かせて、
あまりの現状との差に、絶望感を味わう …。
そりゃもう、自己肯定感など崩壊していた。
当時はダメダメだとしか思っていなかったが、
今ならここに当然の構造を見ることができる。
やる気コスト = 発火コスト
人ってさ、コレが低いのに、
苦しさから逃れられることには、
簡単に流されることができる。
まるで麻薬だ。
だが、そんなことでも、コストはかかる。
否が応でもエネルギーを取り立てられる。
ここで、「動けない」が、
性格や人間性の問題ではなく、
エネルギー循環の問題だった可能性が
見えてこないだろうか?
【抜け出したい。なら、どうする?】
動けない時、その現在地はマイナスだ。
だがその深度から、
少しでも浮上を試みることはできる。
まずは、エネルギーを余らせるんだ。
人生を変えるようなことは、いきなりは無理。
まずは置いておけ。
ただし、ここでいきなり、
「動画をやめろ」
「酒をやめろ」
「スマホを置け」
なんて話は無理な相談だ。
それしか楽しめないくらいのマイナス域。
眠いし疲れている。![]()
そこから、その小さな楽しみまで取り上げたら、
待っているのは更なる絶望感だろう。
鬼なのか?
人生には避難所が必要な時だってある。![]()
鬼になるのは、かなり先の話でいい。
あの頃の自分は、
「簡単に手に入る心地よさじゃないと、
取りに行けないくらい、削られていたのだ …」
そう考えると、見え方が変わってくる。
良い・悪いは置いておこう。
どうやらそれが当時の現在地点だった。
そのうえで、
今ある楽しみを全部捨てるのではなく、
ひとつだけ、
「自分を少し回復させる心地よさ」
を混ぜてみた。
動画を見る前に、湯船に入らないか?
酒も飲むなら、香りの良い、
少しお高い入浴剤も買ってみないか?
甘いものを食べるなら、それとは別に、
睡眠に良さげなフルーツも試してみないか?
何もしたくないなら、なぜ?と聞いて、
浮かんだ答えをノートに1行だけ書いてみないか?
人生を変えるためじゃない。
昨日より、ほんの少しだけ消耗しないため。
ただ、それだけ。
心地よさの選択肢が、ひとつ、またひとつと
増えてくる …。
一つでも、そんな感覚がつかめた時、
「自分も悪くないかも …」
そう思えた。
食事、サプリ、運動、入浴、アロマ
睡眠、瞑想、内観、などなど …
気づくと入り口はいくらでもあった。
手が届きそうなものから、ひとつずつ増えていった。
ここからは、人それぞれ好みに応じて …ね。
とはいえ、目に見える成果なんて、
なかなか現れないものだ。
少なくとも自分の場合はそうだった。
まるで、小学生の夏休みのラジオ体操。
そのスタンプラリーよりも確実に時間はかかる。
…たとえが昭和すぎて落ち込む。![]()
やらないよりはマシ。
そんなレベルの小さな事の積み重ねなんだ。
マイナスのままだが、少しだけマシなマイナス。
その「少しだけマシ」を、スタンプを押して、
集めるんだ。
【少しだけ余り出す、を見逃すな】
ただ1日生きるだけで、エネルギーを使い果たす。
そんな人もたくさんいると思う。
そんな時、少し気になる事や
面白そうなものが現れたとしても、
そこへ手を伸ばすエネルギーがない。
だから、気にはなるけどスルー。
だけど、少しずつ回復を積み上げて、
マイナスから、ゼロ …
そして、ほんの少し、1とか2が、
残るようになったら …
その「余り」が、
・散歩してみよう
・あの人に話しかけてみよう
・欲しかったアレ、買ってみよう
そんな小さな「心の着火剤」に使われ出す。
エネルギー不足から、
自分でも気付かないよう蓋をしていた
「なんか気になる …」が立ち上がる。
そういえば …
旅行も行ってみたかった。
ブログも書いてみたい。
すぐにやれるようになるとは限らないけど、
素直な気持ちが戻ってくる。
【偶然にYESと言える資本】
人生を変える出来事のすべてを
自分で意図したり、計画できるわけじゃない。
そのきっかけは、
お誘いだったり、出会いだったり、
偶然見つけた場所だったり、
突然湧いた興味だったりする。
その瞬間に、「面白そう」と思えなければ …
いや、思ったとしても、
エネルギーが枯れていては、動けないままだ。
少しだけでも余っていれば、
「よし、行ってみるか」と言える。
だから、余剰エネルギーとは、
未来に反応できる余白なんだと思う。
そう …
偶然に YES! と応えられる資本なのだ。
【人生を変える前に】
最後に最初の問いへ戻ろう。
「動けない自分」は、
本当に動けない人だったのか?
もしかすると、
未来へ着火するためのエネルギーを
毎日使い切っていただけなのかもしれない。
だとしたら、
「もっと行動しろ」
「人生を変えろ」
…それより前にやることがある。
マイナスを、少しだけマシなマイナスにする。
焦らずに続けると、そのうち、
今日の自分を生きるために必要だった
エネルギーが、ほんの少し余りだす。
その小さな余りが、
目の前にやってきた、小さな波へ乗るための
最初の一押しになる。
まずはスタンプをひとつ。
自分で自分のカードに押してやろう。![]()
……で、
スタンプ何個で人生が変わり始めるかって?
……知らん。![]()
だがまぁ、アラ還にもなって
またスタンプを集めることになるとは思わなかった。
人生詰んだという奴が、呑気にやることではない。
…って、
すぐに焦りと諦めへ、また戻る。
そんな焦りは、
スタンプ押す係の人に見透かされて、
君、今日は遅刻したからズルだね〜
スタンプなし!
って言われそうだと思わないか?
…いいもん。
自分で押すから …。![]()
