【やだなぁ〜の正体】
前回の記事の最後に、こんなことを書いた。
元妻の両親に対する思い。
感謝、後悔、償い …
そして「お金」。
それらが、ぐちゃぐちゃに絡み合ったままだ。
だからこそ、避けてきた。
そして最後に、
「仕方ない …、掘る時だよね」
と書いた。でも、やだなぁ〜。
なかなか正直な終わり方だった。
そして、嫌々ながら実際に少し掘り始めてみたら、
「そりゃあ、やりたくないわな …」
というものが出てきた。
3年前。
離婚して、競馬で作った借金を整理した。
自分では、そう思っていた。
でも、違った …。
借金はまだ残っていた。
それも、自分の中のかなり深いところに。
違う形でね。
【書けなかった500万円】
実は …
競馬での破綻は、2度目だった。
これは、これまで書いてこなかった。
およそ10年前。
自分は競馬で行き詰まり、親に嘘をついて、
500万円を出してもらった。
もちろん、2度目の破綻時には元妻に白状している。
一度、親に助けてもらった。
普通なら、ここで終わる話だ。
ところが自分は、競馬をやめなかった。
そして再び借金を作り、また破綻した。
それを知った元妻から言われた。
「あなたは病気だ。」
…かなり刺さった言葉だ。
でも相手側から眺めてみれば、
そう思うのも当然だ。
一度、500万円ものお金を出してもらった。
それでもやめなかった。
ならば、
「二度あることは三度ある」
そう考えるのは当然だ。
自分なら、間違いなくそう思うだろう。
【そこまで書いていたのに】
離婚直後から始めたこのブログは、
かなり格好悪い自分を書いてきたつもりだ。
家族を失ったこと。
借金を作ったこと。
何もする気になれず、毎日のように絶望していたこと。
当時は、
「いっそ○にたい」
でも、そんな度胸もない。
だったら …
「ただ消えたい」
そんなことも書いていた。
そこまで書いていたくせに、
親から500万円を出してもらったことは、
書いていなかった。
いや、てっきり書いたと思っていた。
だけど振り返ると記載がない。
書けなかったんだろうね。
なぜ …?
確かに、世間体は気にしていた。
だが、それだけではなかったのだろう。
自分自身が、その自分を見たくなかった。
直視することに耐えられなかった。
これが正直なところだ。
すべてに絶望して、
もう何もかもどうでもいい …
そんな被害者ヅラをしていた。
なのに、そんな時ですら、
小さな世間体だけは、
しっかり握りしめていたかったらしい。
しょうもない …そう思う。
薄々、そのことに気づいていた。
だからこそ、より絶望感が深まり、
さらに自分を嫌い、軽蔑した。
【1000万円程度で …】
世の中には、何億、何十億という借金を背負い、
そこから立て直した人の話があるよね。
もちろん、事業の失敗などで背負った借金と、
自分の競馬で作った借金を単純に比べる話ではない。
でも、当時はそれをやめられなかった。
何億もの借金から立ち上がった人がいる。
それなのにオマエは、なんなんだ!?
自分のコントロール下にあったはずの競馬で、
結局は1000万円を超える借金を作った。
生涯収支に至っては、考えたくもないレベルだ。
しかも一度、親に500万円も助けてもらっている。
それなのに、またやった。
バカなの?
なんという小物ぶり…
なんて矮小な人間 …
自分を嫌う程度で済ませていること自体が、
甘すぎるだろ?
そんな頭の中の声が止まらなかった。
おまけに、誰かに責められることだけは、
全力で回避したがっていた。
もしもあの頃、
これを明確に言語化できていたら、
耐えられなかったはず。
だからこそ、
そこから目を逸らしながら
自分で自分を責め続けていた。
被告も自分。検察官も自分。
裁判官まで自分。
逃げ道があって良いわけが無いのだ。
そうだろう?
心の逃げ場のない、
「この姿勢を保つことこそが、贖罪なのだ」
という思いを握りしめていた。
だが、そんなことで、
やらかしたことが消えるわけではないし
正しかったことになる訳もなかった。
【死ぬまで月1万円】
だが、親からの500万円は返していない。
いや、調達できずに返せていない。
正確には、母親からこう言われた。
「死ぬまで月1万円を払い続けろ。」
なかなかの大岡裁きである。
そして自分は、今もその言葉に甘えるしかない状況だ。
およそ10年。
単純計算しても、100万円ちょっと。
500万円には、まるで届かない。
おそらく世間一般の感覚なら、
月1万円なんて、500万円に対する利子にもならない。
そう考えれば、元本は一円も返していない。
そのことを知った弟が憤慨していたらしい。
弟の立場から見れば、
そう思うのも仕方がないと思っている。
兄貴が競馬で作った借金を、
親が500万円出して助けた。
その事実は、親が亡くなったからといって
消えるわけではない。
いつか、弟と向き合う時が来るだろう。
だから自分は、その500万円を用意できる
人間になっていたい。
「あの500万円なら、今ここにある」
そう言えるように。
【もう一つの300万円】
そして、もう一つのお金がある。
元妻の両親から、マンションを購入した時に
援助していただいた300万円。
こちらは、正確には借金ではない。
「必ず返せ」
と言われて借りたお金でもない。
だから先の500万円とは、性質が違う。
…はず。
それでも自分の中では、ずっと残っている。
娘と孫が幸せに暮らしていくために …と、
出したお金だったはずだ。
なのに、その家庭を義理の息子だった自分が壊した。
だから、いつか返したい。
法律上どうだとか、一般的にはどうだとか、
そういう話ではなく。
自分が返したいのだ。
いや …
「返さなければならないだろう…」
その思いを握りしめている。
感謝なのか。
償いなのか。
謝罪なのか …
たぶん、全部が混ざっている。
【合計、800万円】
500万円と300万円。
合わせて、800万円。
いつからか自分の中で、
この数字が一つの目標(それとも障害かも?)
になっている。
ただし、800万円貯まったら、
そのまま全部渡してしまいたいわけではない。
それでは、自分に何かあった時、心配なままだ。
元家族へのフォローすらできなくなる。
そうではなく、800万円を失っても、
「また自分の力で取り返せるよ」
そう言える人間になりたい。
だから、倍くらい稼げるようになりたい。
そうなって、返したい。
ずいぶん遠回りな話に聞こえるが、
自分にとっては、ここが大切なのだと思っている。
お金を弁済することそのものより、
自分自身の力で稼ぎ、
過去の自分が残したものを、
今の自分で決済したい。
そういうことなのだと思う。
【入場券】
ただ、ここにはもう一つ、
自分でも少し面倒くさい感情がある。
元妻の両親へ300万円を返したからといって、
何かが元通りになるわけではない。
許してもらえるとも思っていない。
そもそも、相手は返してほしいと思っているのか …?
それすら分からない。
それでも自分の中には、
この300万円を持参できるようになって、
初めて、
何かを伝える資格が生まれるような感覚がある。
気づくと自分は、このお金を
「元妻の実家への入場券」
のように扱っている。
300万円を弁済すべく持参できたら、
そこで初めて、
「ありがとうございました」
そして、
「申し訳ありませんでした」
と言える …はず。
そんな順番を、勝手に作っている。
だから、もしも相手から、
「そんなお金はいらない」
と言われたら、困るだろう。
お金を拒否されたからではない。
自分の気持ちの置き場所や
存在そのものを
拒否されたように感じるだろうからだ。
ずいぶんと、自分勝手な話だ。
そしてそれは、ただの
「自分の目線からの解釈」
であることもわかっている。
でも、今のところ、
それが自分の中にある感情なのだから仕方ないし
そう思うこと自体は自由でいいと思っている。
【借金は終わったのか?】
離婚した時、マンションの売却を経て、
競馬破綻で作った借金を整理した。
だから、借金問題は終わった。
そう思っていた。
でも、どうやら違うらしい。
金融機関との借金が整理されても、
自分の中では
親への500万円は残っているし、
元妻の両親への300万円も残っている。
そして何より、
心配をかけたこと。
信頼を失ったこと。
家族を壊したこと。
そんなものに、完済証明書なんて出ない。
それを出せるとしたら、自分だけだ。
自分はずっと、
借金とは別のものを返そうとし続けていた。
それはまだ終わっていない。
それだけは確かだ。
相手がどう思っているのかは、分からない。
もしかすると、とっくに終わった話なのかもしれない。
だからこそまず、
自分の中に残っているものを整理するしかない。
【返したいものは、心の借金】
自分は、800万円を返したいのだろうか。
それとも …
感謝を返したいのか。
償いたいのか。
自分の尊厳を取り戻したいのか。
あるいは、
過去の自分を許したいのか。
たぶん、これも一つではなく、全部なのだろう。
前の記事で、矛盾する気持ちを、
どれか一つに決めなくてもいいのではないか。
そんなことを書いたばかりだ。
きっと、ここでも同じなのだろう。
まだ、答えを出さなくてもいい。
ただ、ずっと見ないように避けてきたものを、
ようやくここまで見ることができた。
今は、それでいいことにしたい。
…いや、させてください。![]()
【そして、あの頃】
そんなことを考えながら、
3年前の記事を読み返していた。
「人生を狂わせる思い込み」
マンション売却に伴う財産分与で、
元妻から追加の100万円を求められた日のこと。
家族には申し訳ない。
できる限りのことをしてあげたい。
そう思っていたはずなのに、
相場より高い負担を提示された途端、
「なにぃ〜!」
となっている。
だが最後には、元妻の話を聞き入れ、
追加負担を受け入れていた。
今回、散々考えてきたこと。
家族
お金
償い
感謝
自分の中にある思い込み
全部、3年前の記事に、すでに種が置かれていた。
なんだよ …。
あの頃の自分、
絶望して何も見えていなかったくせに
なかなかいい仕事をしているではないか。
本人の許可も取らず、
3年後の記事ネタまで仕込んでやがった。
オマエ …
今も、隣にいるだろ?![]()
