日本の音楽しか興味がなかった私が洋楽を好きになるきっかけになったのがこの曲音譜
今でも、いつ聴いても元気になるパワーをくれますビックリマーク



「Everyday Is A Winding Road」 Sheryl Crow









私ごとですが。。。



今日(日本時間の昨日)誕生日を迎えました
ひよざえもん ラブラブ




3月19日は日本音楽家ユニオンが制定した
「ミュージックの日」

「3」「1」「9」のゴロ合わせですね。

そして毎月19日は「トークの日」だそうです。



今の私の仕事であるラジオパーソナリティは
「音楽と情報を届ける」のが仕事。
私は自分でこの仕事が天職だと信じています。
めったにこのブログで自分自身のことは書きませんが、
今日はちょっと自分について書いてみようと思います。


FM青森という放送局に就職するまで、私は大手町の某新聞社に勤める会社員でした。
そのころはアナウンサーになるなんて考えもしませんでした。
アナウンサーを目指すことになった経緯は長くなるので今日は書きませんが、あることがきっかけで喋る仕事に興味を持ち、幸運にも放送局に就職することができました。

テレビ局ではなくラジオ局を選んだ一番の理由は
「音楽が好きだから」


子どものころから音楽が大好きでした。幼稚園のころからピアノを習いはじめ、小学校、中学校ではブラスバンド部でいろいろな楽器を演奏する楽しさを知りました。

テレビやラジオから流れるたくさんの音楽の中から自然に好きなものが増えていきました。
初めて行ったコンサートは中学生のとき。尾崎豊さんの野外ライブで生の歌を聴いて初めて感動の涙が出ました。



そしてFM青森を退社し、次のステップへ進もうと考えていた私が何より興味があったのは「英語」でした。
放送局勤務時代、何度か海外のミュージシャンにインタビューする機会があったのですが、当時の私は英語がほとんど話せなかったため、通訳の人を介しての会話でした。
そのもどかしさが本当に苦痛で、悔しかった。
そして大好きな英語の歌の歌詞を理解したいと思ったこともひとつの理由でした。


初めは数ヶ月間だけ英語圏の国へ行き、そこでの生活を通じて英語の基礎を学べたらという気持ちでした。そしてワーキングホリデーでオーストラリアへ行こうと考えていました。
ところがちょっとしたことから行き先はハワイになり、現在に至ります。


きっと音楽が好きじゃなかったらラジオの仕事を目指さなかったし、ラジオのDJになっていなかったら海外へ出ようとも思わなかった。

音楽が人生を変えてくれたと思っています。


「NO MUSIC, NO LIFE」という素晴らしいキャッチフレーズがありますね。
私は音楽がなくても生きてはいけると思いますが(笑)、音楽があればより豊かな時間が過ごせると思っています。
これからも自分の仕事に誇りをもって、素晴らしい音楽をたくさんの人たちと共有していきたいです。


日付が変わってハワイも3月19日になりました。
ミュージックの日に私を生んでくれた母と、もちろん父にも、
これから電話をして感謝の気持ちを伝えようと思います!


長い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。ニコちゃん