今月
マイケルの沼に
引きずり込んでくれた恩人が
突然この世を旅立ちました。
このブログは2021年
秋に始めました。
当時、マイケルファンは
周りに誰もおらず、
一人ぼっちでした。
アメブロとTwitterを
使っていたけれど、
誰も相手にしてくれませんでした。
その頃、
Lineに「オープンチャット」と
言う機能があり、
マイケル専門のチャットが
できる事を知りました。
このオープンチャットは、
Line見えてLINEとは違う。
アカウント名だけで
マイケルが好きな人だけが
全国から集まってみんなで
会話するというものです。
リアルにマイケル語りができる
↓オープンチャット↓
マイケルを昔から知っている人から
小学生までいろんな人が
集まって夜な夜な
マイケルについて
話し合うお部屋なのです。
そこにひときわ
スターだったのが、
恩人「ゴッチ」さんでした。
彼女はダンスができ、
ジュリーのバックダンサーや
劇団にも所属していた。
BADツアーの時は、
高校生ながら
ガチの追っかけをしていたという。
彼女がオープンチャットに
はいってくると、
みんな賑わいました。
マイケルをホテルや空港で
待ち伏せしたとか、
雑誌やテレビで
取材されたなど
かずかずの逸話を持っていました。
マイケルのツアーは
全部行っていて、
アリーナの前の席から取った
マイケルの写真を
見せてくれました。
彼女が話し出すと、
オタクで何も
当時の思い出がない私は、
うらやましくて
ただ閲覧するだけ。
みんなの会話に
入り込めず遠巻きに
見ていました。
オープンチャットには、
時々おかしな
アラシが入ってきます。
メンタル低めの人や
マイケルと全く関係のない話を
する人などが
自分勝手な会話をする。
ゴッチさんは、
正義感の強い人でした。
そんな人に、やんわりと静止したり
話題を変えてくれたりしました。
このオープンチャットの
場所をなるべく平和にしようと
いろんな人に声をかけ
平和を保とうと努力していました。
そんな時は、
時々私も微力ながら
彼女に協力していました。
ある日、
メンタルの低い人が
自分の子供の悩みを
ずっと話して止まらなくなりました。
らちが開かなくなり、
私は、別のオープンチャットを
立ち上げてそちらに
誘導しようとしました。
なんとか、その人を
別のオープンチャットに
誘導できましたが、
なぜかそこに、
あのスターのはずの
ゴッチさんまで入ってきました。
ちょっととまどう私に、
「自分は難病があって
うつ症状っぽくなった時期があり
オープンチャットで助けられた。
だからつらい人の話を
聞いてあげたい」
と言っていました。
私ははじめて、
こんなきらびやかな人にも
いろんな思いがあり
悩みがあったんだなと
思いました。
ところが、
そのメンタルの人が
そのオープンチャットから
突然抜けてしまいました。
ゴッチさんと
二人になったオープンチャット。
何を話したら
いいんだろうと
しばし焦りました。
ゴッチさんは、
オープンチャットの人と
オフ会をするには
どうしたらいいだろうと
言い出しました。
一番手っ取り早いのは、
6/25の
渋谷タワレコ献花台だよねと
ゴッチさん。
私は、
マイケルが
いなくなったことを
今でも完全拒否している。
「献花台なんていったら
認めることになるから嫌だ」
と答えました。
けれどゴッチさんは、
「みんなに会えるチャンスなんだよ」
と言いました。
マイケルの好きな人と会える?
ハッとしました。
そして、オープンチャットで
呼びかけて、集まったのが5人。
2022年8月25日
はじめて会う
ゴッチさんでしたが、
なんか初めて会った気は
しませんでした。
そこで
マイケル情報は、
Twitterのほうが
リアルで知識の多い人がいるよと、
教えてもらったゴッチさんは、
Twitterを始め情報を
どんどん集めてきました。

調布で行われている
マイケル上映会は、
Twitter、ブログ、Instagramに
日本人シェフ高谷氏
それにセレブの方々など…
数多くの方と
巡り合うことができました。
味をしめたゴッチさんは
その後、スリラー40発売の
記念パーティーの情報をキャッチ。
そこには、BADツアーの
シンセサイザーのエンジニア
クリストファーカレル氏や
JWaveでおなじみの
DJ太郎さん
日本人シェフの高谷氏もいました。
他にもインスタで拝見する
クリエイターさんも多く
参加していました。
早稲田マイケルダンスクラブのM研や
ポータータカツキさんなど
おなじみのダンスチームも
いました。
そんなVIPがきているのに、
ゴッチさんは
マイケルのアドトラック
(バス全面にマイケルがかざられた
大型バス)の撮影のほうが
気になりました。
渋谷、原宿のどこに出現するか
わからない。
そんな状態は、平成の始め
インターネットも携帯もない時代
直感だけで
マイケルをおいかけていた
彼女の魂に
火をつけました😅
スペシャルゲストと直接話せる
チャンスより
アドトラックをおいかけた
ゴッチさん😅
マイケルのアドトラックの撮影に
成功😅
執念😅
…とにかくすごいパワー😅
その後も
ハードロックカフェの
マイケルの衣装が展示されてるとか、
マイケルゆかりの店など
とにかく情報を得ると
誘ってきます😅
こんな調子で
毎回オフ会のメンバーが
増えていきました。
その度に
なぜか無条件で頭数に
私をいれてくれていた。
なんと
この1年でゴッチさんとは、
8回も会っていました😅
それだけであきたらず
ときどき他のアーティストの
コンサートにも行っていた。
なぜかトシちゃんのコンサートまで
行っていました。
彼女は
「生きてるうちに、いろいろ
会っとかないと!」
が口癖になっていました。

ある時は、
マイケル大好きなマスターの
ワインバーで
お酒をのみながら
マイケルの映像をみて
語りたい!
そんなことも
言っていました。

正月には、
あけおめのあいさつそこそこで
「ピリピリで福袋売ってるから
買ってきて❤️」とか
いってくるし😅
(私は、ピリピリさんのごく近く在住)

その福袋の中に、
等身大のMICHAEL枕カバーが
入っていました。
もうゴッチさん大喜び😅
年末に、
Twitterで知り合った友人が
タワマンに住んでいて
なんと大きなラウンジを借りられる
話をゲットした
ゴッチさんは、

この新年会の企画をたてました。
数十人に連絡して参加を
呼びかけたそうです。
参加メンバーは、
なんと
SQUARE ONEのメンバー
TENPAさん・Yomodaliteさん・Childspiritsさん
マイケルの無実を証言したドキュメントを
日本語訳をクラウドファンディングで
呼びかけた企画、翻訳をした三人
Yomodaliteさんは
「マイケルと読書」のブログ主
Michaelコレクターで
膨大な知識をお持ちの
My MJ Worldさん
世界で数個しかない正真正銘の
マイケルグッズを見せてくれます。
秘密ですが、まじやばいコレクター
芸大卒のイラストレータのariaさん
そしてTwitterおなじみの仲間
みんなが一同にそろいました。
Webで遠巻きにみていた
スペシャルメンバーも
ゴッチさんの粘り強い交渉で
参加が実現しました。
それでも
ゴッチさんの勢いは
止まりませんでした。
新年会が終わった直後に
放った一言。

そのタイトル、
うちのブログの
タイトルなんだけど…😅
ゴッチさんから
使っていいよねっ?っていわれ
喜んで承諾。
この
6/25のオフ会にも
参加しないかといわれていましたが、
私は、
正月はじめ
名古屋のメンバーに
イラストを評価され
誘われていたことと、
名古屋での新しいルートを
作って東京と繋げられたらいいなと、
初めてゴッチさんと
別行動しました。
その間もゴッチさんは、
参加しない事を残念がりました。
でも、ずっと単独で行く私を
「名古屋に行って大成功になるよ」と
いつも励ましてくれた。
私は「いや…
そんな大したものではないし…
おおげさな💦
またすぐゴッチさんとは
会えるから今回くらい大丈夫」
なんて軽く思っていました。
そして
お互いの6/25のイベントが
無事終わりました。
ゴッチさんの企画した
6/25のオフ会は、
新年会のメンバーに加え
20人の大所帯だった。
企画を盛りだくさんにしすぎで
みんなと話せないと
彼女は、反省し、
今度は
「マイケルの誕生日は、
少人数でおだやかにやろう!」
といいました。
その後、すぐに調布の上映会が
あるので
でも、ゴッチさんは
その日、上映会には来れませんでした。
彼女は、
発熱が4日続いて、2キロ痩せたと
Twitterにつぶやいていました。
まさか…
コロナでした。
でもその後
熱がようやくさがったから
8/29のメンバーを
何人にするかLINEがきていました。
病床でも元気な人だなあと
気楽に思ってました…
そこにもメンバーのトップに
私の名前があった。
その数日後に
彼女は
急変して
マイケルの元に
旅立ってしまいました……
彼女には、難病がありました。
コロナで体力をうばわれてしまった。
いつも元気だから
絶対信じられなかった
🥲😭😭
口癖の
「生きてるうちに、いろいろ
会っとかないと!」は、
自分自身だったのだろうか?
でも
彼女は、生き急いだなんて
おもいません。
ゴッチさんのこの
数年は
本当に楽しかったはず。
私達も楽しめたけど、
彼女自身が、
一番楽しんだはず。
いつも
情報をゲットすると誘ってくれた
ゴッチさん。
スターだったゴッチさんが、
私を大切に
思ってくれていたのかと
熱くなります。
あれからたった
1年しか経っていないのか…。
しんじられない。
ゴッチさんと
献花台に行かなければ、
私はまだ一人だったかもしれない。
みなさんとつながること
はなかったかもしれない。
ゴッチさんには
感謝してもしてもしつくせない。
この数日泣いて、
落ちて、凹んだけれど、
やっぱり繋げてくれたこのきづなは
繋げていかなくては
ならないんだろうなと思います。
本当にゴッチさん
ありがとうございました。
でもやっぱり
マイケルと同じ。
私は認めない。
ふたりとも
私達の心のなかに
しっかりと住み続けるのだと
思っています。









