故郷の震災から1ヶ月


今月で上京9年目。
地元を離れて丸8年。
いまだにちょいちょい訛りは出るし、
習慣として年に数回必ず帰るし、
元々地元は嫌いだけれど、好きだった。

そして今回の震災で
やっぱり故郷が大好きだと実感。

気仙沼の隣町で生まれ、すごした18年間

大船渡、陸前高田、気仙沼、本吉、
志津川(南三陸町)、石巻、塩竃、多賀城、
仙台市など、思い出も数え切れないほど。
先祖が領主だった大崎市も好きな場所のひとつ。

そのほとんどが津波に襲われ
見る影もなくなってしまった。

悲しいし、悔しいし、すごく無力感にさいなまれるけれど、これが現実・・・



ちょいちょい

【もう二度と三陸地方に住まない方が良い】

【復興もしない方が良い】

という意見を目にする。
その主張もすごくよくわかる。

けれど、海産物はどうなるわけ?
黒潮と親潮が交わる三陸沖は、
世界四大漁場のひとつともいわれ、
他では代用は利かない漁場でもあるんです。

その恩恵に今までどれだけお世話になってきたか、
主張する前にどうかまず振り返ってみてほしい。

ホタテや牡蠣、ホヤや鮮魚、フカヒレ...etc

きっと意識することは少なかったろうけど、
三陸産の海産物は日本の食生活の
多くの部分を支えていたと言っても過言ではないくらい、
存在感の強いものだったハズ。


三陸海岸には今まで何度も何度も津波はきてます。
ここ20数年の間にも沢山来ています。

普段は今回の震災のような大きな被害が出てなく、
あまりニュースにもならないことが多かったけれど、
3年前のチリ津波で養殖棚が大量に流され
やっと3年経ってなんとか整ってきたときに3月9日の津波。
それでもめげず立て直そうとしたときに今回の災害。

きっと、それでもおそらく住人たちはその場所を離れません。
再び漁業を立て直していくと思います。
なにせ、漁業で成り立った集落なのだから。


震災の産業を目の当たりにして
『危険だからもう住むな』
と言い放つのはとても簡単。

もうこの光景を見たくない、
余りにも多すぎる犠牲への優しさ、
沢山の思いやりもあると思います。

けれど、そうしてしまったあとになにが残るのか、
日本の漁業はどうなるのか、
そして、三陸産の海産物がなくなってしまったときに、
魚屋さんや寿司業界がどれだけ傾くのか...

風が吹けば桶屋が儲かるの方程式みたいですが、
そこまでのプロセスもどうか考えて見てほしいんです。



そしてそれでもやっぱり
『危険だからもう住むな』という結論に至ったときは、
代替案をください。

三陸の漁業産業に代わる産業を。

三陸地方の漁業産業に携わる人を
雇用できるほどの代替案を考えて下さい。



お願いです、
闇雲に『危険だからもう住むな』と言わないであげて下さい。


極端な例になってしまいますが・・・
周期的に発生するといわれている
関東地震と東海地震がありますが、
関東と東海に住むことも言ってしまえば危険なんです。

そして、そういった周期的に発生する地震は
日本列島全土にあります。
大きな被害がでたから『危険だからもう住むな』では
しまいには日本列島に住めなくなります。

本当に極端な例えで申し訳ないです。


ただ余りにも横並び上手で右向け右な、
日本人らしい悪い癖がですぎていると感じたわけです。





そしてやはり、自粛や不謹慎が
美学のように叫ばれているけれど、
風が吹けば桶屋が儲かるという言葉があるように、
自粛・不謹慎という御旗の善意、気遣いは被災地を殺す、
巡り巡って日本を殺す。経済的にも精神的にも。

自粛することで最終的に我が身に跳ね返ってきます。

皮肉にも、
自粛・不謹慎という善意、気遣いは
見えないもう一つの恐怖に変わります。




あまり周りに流されることなく
自ら今なにができるのかを考え、
自らの意志で動いてみませんか。