羊水検査の最終結果を聞いた日、主人が仕事から帰宅し

 

 

先生からいただいたメモとともに息子の病気

 

 

・羊水過少→手足の拘縮(手足の発達不良)、肺が形成出来ない(産まれてすぐ亡くなる可能性も)

・先天性の心疾患→単心房、共同房室弁、肺動脈狭窄、大血管転位

 →無脾症候群(修復が困難で産まれて来てくれたとしても低酸素下での生活になるだろう) 

・胎児の腹水

 

 

の事について話しました。

 

 

私たちの考えとして一致していたのは、

 

 

息子が生まれてから病気のためにずっと病院で生活するのはかわいそうだという事。

 

 

もちろん痛かったり、苦しかったりというのも小さな体で耐えさせたくはない。

 

 

治療、手術等すればいずれ治って他の子達と元気に走り回れるようにしてあげられるのか?

 

 

何より息子は先生に言われたたくさんの病気を持って生まれて来て、幸せな一生を送る事が出来るのか?

 

 

こんなことを話しながら、10w頃に頸部浮腫があると言われてからずっと頭の片隅にあった”決断"をしなければならない時が来てしまったな...という思いでした。

 

 

先生から言われたことを踏まえると、私たちの思いは全く叶いそうもなく二人の決断は一致しました。

 

 

本当に本当にこんなに辛い決断をしたのは人生で初めてでした。。。今思い出しても涙が流れます。

 

 

翌日、主人が朝から人間ドックの予定だったため、夕方から病院へ向かいました。

 

 

午後の外来がない曜日だったのでとても静かな産科外来でした。

 

 

午後の外来が無いにもかかわらず、手術を終えて小走りで外来に来てくれた先生は診察室に私たちを呼ぶなりお話を始めました。

 

 

昨日話した息子の病気の可能性のこと...今回の妊娠をあきらめるならばもう時間がないということ...その場合どんな処置になるかなど、ゆっくりと話してくださいました。

 

 

そして一言、"医師としてこんなことは言ってはいけないのですが、私の身内がこの状況だったら私はあきらめることを勧めます"と。

 

 

もうわかっていたんです。私たちも。そうするべき厳しい状況なんだなということは。

 

 

先生はお二人で話し合ってどうするかまた後日聞かせていただけますか?と提案してくださいましたが、私たちの考えはもう決まっていたので、主人が "昨日話し合ったのですが今回はあきらめる事にします" と伝え、そこからはバタバタと入院の日程の決定や説明が始まっていきました。

 

 

その中で、助産師さんから "赤ちゃんにお別れまでにしてあげたい事はありますか?入院までゆっくり考えてみてください。"と言われそれまで堪えていた涙が一気に溢れ出しました。

 

 

こんなにお腹の中で元気に動いてるのに...もうすぐお別れなんだなと思うと涙が止まりませんでした。自分で決めたお別れなのに。

 

 

つづく...