「あなたが眠りにつくのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように 祈っただろう…」
この一節で始まる詩。
もう20年以上も前に出版された
「Tommorow never comes」という本から抜粋しました。
この詩は作者が愛息を失った悲しみから書かれたものです。
最後だとわかっていたなら、
あなたと会うのがこれで最後なら、と
悲しみと後悔でいっぱいの苦しくて切ない思いを託しています。
昨日は読み聞かせボランティアサークルさんの講習会へと出向きました。
沢山たくさん、良い話を聞きました。
小学校の行事の一環として人気の、お母さん達による読み聞かせは
チビ作達の小学校でもう何年も続いているものです。
2学期の間の週一回、朝の読書タイムの時間にお母さん達有志が
本を読んでくれます。
私も好きなので何度か参加しているんだけれど、
「読み聞かせとは」なんて考えたことがあまりなかったので
昨日の講習会は色々と考えさせられる内容でした。
沢山良い話を聴いて欲しい。
読書をする習慣をつけて欲しい。
そういう親の願いとは違って、
本当の部分は実は「アタッチメント(愛着)」なんだと。
「ママ、お話読んで」
「うん、いいよ。こっちおいで」
そうやって子ども達はお母さんと触れ合いたい、安心したい、と
要求してきます。
そしてお母さんはそれを受け容れる。
膝に据わらせたり横にくっついたりして
本を読んでやるのです。
本の内容は実は子どもはあまり覚えてないし、覚えてなくてもいい。
ただただ、お母さんの愛情をいっぱいに浴びることで、
子どもは自分が必要とされている「肯定感」を持つんだそうです。
あぁママはぼく(わたし)を大事にしてくれている。
ぼく(わたし)がここに居ていいんだ。
そうやって自分の存在価値に自信を持つんだそうです。
現代の何もかも手に入ってしまう時代、
子どもたちが一番欠けていて必要なものが「肯定感」。
自分はダメなニンゲンだ、
自分はここにいてダメなんだ、
誰も自分を必要としてないんだ、
そういった「否定感」を持ってる子が挫折をしたまま闇の世界に入ってしまったりするんだと。
そんな中で如何に親が子どもを愛していると伝えるか、
あなたがこの世に生まれてくれて本当に幸せなのよ、ありがとう、と
大切な存在だということを伝えるか、
それが親に課されている事。
そんな事照れちゃって言えないわ、というお母さんへ、
そこに「読み聞かせ」があるのです。
CMでも言ってた「あなたの『手当て』をこどもに。」。
色々な方法があるけれど、その一つの選択に「読み聞かせ」があるのです。
絵の美しい本。
話が素晴らしい本。
シンプルな本。
何でもいい。
子どもと触れ合って、一緒に過ごす時間を。
「『ごめんね』や『許してね』や
『ありがとう』や『気にしないで』を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから」
これがはじめに書いた詩の、最後の一節です。
この詩が大きく取り上げられたのは9.11、
アメリカ同時多発テロが起きたあと。
このテロで救助に向かい殉死したある消防士さんの、
ユニフォームの胸ポケットに入っていた紙きれにこの詩が書かれていたそうです。
いつ死ぬかもしれない、
いつ自分が愛する家族と別れなければならない、
そんな気持ちと常に向き合わなければいけない仕事…
それでもきっと彼は家族に毎日「愛してる」と伝えていたんだろうな、と思います。
興味があれば本屋さんで探してみてください。
「最後だとわかっていたなら」
ノーマ コーネット マレック/作 佐川 睦/訳
そして自分を含めたお母さん達へ。
読み聞かせの時間を、作ろうね。
子ども達といっぱい、触れ合おうよね。