a piece of peace ~my words ~ -11ページ目

a piece of peace ~my words ~

育自も十何年目になりました。今の夢はかっこいいおばぁになることです。

淡いグレーの空から

勢いよく降ってくる、雨、雨、雨。



いつから雨空を鬱陶しいと感じるようになったんだろう。


まるで自分の心の中を見透かされてるような、

泣きたくても泣けなくなった頃なのかな。


ちぃちゃな子どもの時はわぁわぁ泣いてたっけ。

「そんなことで泣いちゃダメ!」って言われたっけな。





恨めしそうに空を見上げる。

空は変わらない、晴れの日に見上げる空だって同じ。


嬉しそうに眩しそうに笑顔で見上げる空と

溜め息をつきつつ見上げる空は

いつだって同じなのにね。






学校へ行ったあとの家の静けさ、

あと数時間で帰ってくる賑やかな声を耳にするまで

雨音を楽しんでみようかな。




スーちゃん。


ピンクレディ世代の私にとってキャンディーズは

ぎりっぎり知ってるくらいだった。


それでもランちゃんミキちゃんスーちゃんという名前は知ってたし

歌もたくさん知ってた。

『普通の女の子に戻ります』というせりふも知っていた。





スーちゃんこと田中好子さんは好きな女優さんの一人だった。

特に映画やドラマを観るタイプではないけれど、

お母さん役で見かける彼女は母性そのものだと感じていた。



そんな彼女が、20年もの闘病生活を終えて天国へ旅立ちました。

ミキちゃんも仰ってたけど、きっとこの世でのお役目が終わったんだな、と思った。

そしてまだこれから、天国で新たにお勤めがあるんだな、と。





告別式の昨日、涙空になった。

なんだか私も、無性に悲しくなって泣いてしまった。




スーちゃん、ありがとう。

貴女は沢山の人を癒したんだと思います。

お疲れ様でした。

みえないけれど、繋がっている。

閉塞されたこの部屋で感じているもの。





この気持ちがわかってたまるもんか。


あなたにわたしの何が分かるのよ。


なんでもかんでも知ってるかのように振舞わないで。





そんな事言わないで。

そんな風に閉ざさないで。


みえないけれど、つながってるのよ。

わからないけれど、わかるのよ。

抱きしめられないけれど、抱きしめたいのよ。







だって繋がってるじゃない。

君にはみえないけれど、僕にはみえてるんだ。

だからどうか、背中を向けないで。





空を見上げなくてもいい。

泣くのを我慢しなくてもいい。



でもどうか、あっちへ行かないで。

手を差し伸べさせて。

要らないなんていわないで。





みえないものをみなくていい。

けれど、みえないけれど、みえるのよ。



思いの丈。

愛。





みえるのよ。

なんだかあっという間に暖かくなり、

あっという間に桜も散り始めています。


怒涛のような一ヶ月でした。





がんばって。


がんばろうね。







簡単に、口に出来なくなった言葉たちが、たくさん在ります。

言魂、だからこそ、選ぶことも必要になってきたように思います。





難しいけれど、必要なこと。




僕が貴方を、思うこと。

昨日、花見を自粛しようというニュースを観た。


結婚式場キャンセル続出という記事も読んだ。







それは本当に必要なことですか。





見えない不安に駆られ

買占めはまだ行われている。


近所のスーパーでも紙オムツや電池、水、

生理用品が売り切れ状態。

「必要な分だけお求めください」とあるのに。






そんなに抱えて今本当に必要な量ですか。











嘆いていても一日は終わる。

ならば笑って一日終わらせよう。




人生に一度きりの晴れの日、

たくさんの友達や家族に囲まれて一生一緒に居ようと神に誓う日、

それを取りやめるなんて。



こんなに落ち込んで何となく力の入らない日々、

そうだ、仲良しの友達や会社の人達と一杯酌み交わそう、

花を愛でて癒されよう、

それをやめるなんて。






何でもかんでも自粛という言葉で抑えられたら

日々元気に過ごそうというモチベーションをどうやって出せるんでしょうか。



今や被災地の方々が頑張っている姿を見て逆に励まされている。


それならば私たちも、盛り上げていくべき手段をとらなければ。


何かを攻めたり

何かを口撃したり

粗を探したりすることに力を注ぐ人達、





それは本当に必要な行為ですか。





今こそ叫ぶべきは、愛、なんだよ。

今日(正確には昨日か)、吹奏楽のコンサートに行ってきました。


可愛い姪っ子が在学していた高校の、定期演奏会。

彼女はもう卒業なので、ラストコンサートだったわけで、

是非と誘ってくれ、家族で観に行ったのですが。



私自身、中学から高校まで6年間、どっぷり吹奏楽部でした。

一人ひとりの楽器の音が何十人と合奏することで

大きな大きなハーモニーとなる。

一体感、一つになって素敵な音を奏でる喜びを知った6年間だった。

だから姪っ子の演奏会はすっごく楽しみだったのです。



まず初めに、黙祷。

「私たちが演奏をすることで、音楽の大きなパワーが被災地の皆さんに届くよう、

力いっぱい演奏します」と先生のお言葉。

クラシック、ポップス、ジャズ、そして学生達のダンスや歌など

それはそれは楽しそうに演奏をし、感動的なコンサートでした。








今国内で自粛ムードが漂っている。

嫌な部分が出てきている感じ。

何かをやれば不謹慎と言われ

何かを言えば不謹慎と言われ

もしかしたら被災地の方々の方が希望を持って頑張ってるような気もしてならない。


確かに

テレビをつければ今までのようにバラエティもやっているし

私は昨日の日記にも書いたように

またフツーにご飯を食べ

フツーにお風呂に入り笑いもし布団で眠る。

これが今私たちがやるべき事だと分かっていても

ニュースやツイッター、ブログで救いを求める声を聞くと

本当に辛い。その人達の代わりにもなれないし同じ気持ちを共有できないからだ。

一体自分は何が出来るのか、何をしたらいいのか、毎日悩むのだ。




今の今だって、野球をやるのかやらないのか問題になっている。

凄く難しい話なのだ。だってどっちも間違いじゃないんだもの。

やるべきだ、勇気を与えたい、というのも

今他のことをやって別の方法で元気付けたい、というのも

間違った意見じゃないんだもの。




音楽だって然り。

私が好きなミュージシャンが歌で表現した所

えらいたたかれちゃってるのだ。

なんでもマイナーだから(?)売名行為だとか何とか。

なんじゃそりゃ、と傍からみると思うのだけれど

きっとその意見の人もマジメにそう思っているんだと思う。



けれどちょっと待って。


暗い世界、誰かにこの憤りをぶつけたいのも分かる。

辛いやり場のないイライラを何かにぶつけたいのも分かる。

でもそれをぶつけられるその音楽やスポーツは

もうその時点で仕事を成し遂げてるんじゃなかろうか。

ぶつけたその人達も、それで気が済んだ部分があるんじゃないかな。


だとしたら、それはそれで前に向いてるんじゃないかしら。






このぎすぎすした時に

少しでも前に向ける何かを見つけられたら

きっと光が見えてくるはず。



今焦りやイライラを感じている人達。

きっと一生懸命、考えて悩んでいる証拠。

被災地の人達も一生懸命に頑張っています。



私たちも、がんばろう。


今日姪っ子たちからもらった音楽のパワー。

明日から生かそうと思います。

ここ東海地方では

昨日から普通に番組が放送され、

また普段の日常に戻ったかのようです。


子ども達はまたテレビを観て笑い、

ご飯を食べ、お風呂に入り、ふかふかの布団で寝ます。


必ず寝る前に一人ひとり抱きしめながら、

「こうやってママと『おやすみ』ってぎゅーってできること。

美味しいご飯を食べて、あったかいお風呂に入れること。

お布団でゆっくり眠れること。

とっても有難いことで、感謝してね。

今のこの時間にも、お家のない人達が、

食べられずお風呂にも入れず眠れないの。

沢山の人達が、寒くて苦しくて、助けを待っているの。

今のあなた達の生活は、当たり前のことじゃないんだよ」と

伝えています。


チビ作は泣きながら「どうして?」「何も悪いことしてないのに」。

ちびおはまだあまり分かってないようだけど、

「ママごはんありがとう。おふとんありがとう。」。

彼らなりに、色々と感じているようです。

「ママ、オラにできる事ないの?今何したらいいの?」チビ作が聞いたので、

お祈りしよう、と答えた。


かみさまにおねがいしていい?

もうこれいじょうくるしいひとがふえませんように。

ないてるひとがへりますように。

はやくたすけてください。って。




そうだね。

きっとその気持ち、神様は聞いてくださるよ。

それが被災地の人達に届くよう、お祈りしよう。



マザーテレサが仰った言葉です。





被災地の皆さんの事を思うと本当に辛く、

まだ沢山の方々が救助を待って寒さに震え飢えを凌いで

頑張っていると聞きました。

そんな悲惨な状況を耳にしているのに

何も出来ない自分が情けなくて憤りを感じます。


一体この離れた地で、私は何が出来るんだろう。


嘆くこと?

悲しんで涙を流すこと?


憂いてばかりではいけないのです。

自分には子どもが二人いる。

守るべき大切な存在がいます。

彼らに防災知識を伝え、生きることの大切さを教え、

家があり食べ物があり暖かい布団で寝られることの有難さを伝える。

これも大切なことです。



今できる事は微々たるものだけれど

被災地の皆さんが一日も一時間でも一分でも早く

助けられますように。


どうかどうか。


ねぇ、そろそろ好い頃合いじゃないかな。



やることはやったし

言うことは言った。


たくさんたくさん、涙も流して

今の精一杯を、やりきった。





さぁ、行こうか。

あの向こうの、向こうに。


大丈夫、あれはきっと、光だよ。








君を待ってる、光だよ。

あなたなんて、だいきらい。






分かってるくせに、たしかめたのよ。






本当の、自分の気持ちを。














あぁ神様、どうか素直に心の内を口に出せる勇気と

あなたの瞳を見つめる正直さを、今、いま私に与えてください。









どうかどうか。