繋がりの先には何があるんだろ | a piece of peace ~my words ~

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育自も十何年目になりました。今の夢はかっこいいおばぁになることです。

人づきあいは難しい。

常日頃考える事はないのだけれど、時々ブルーになる。


私ね、虐められてました。

ってヘヴィな話ですが。

まぁオンナノコで小学生といったら、流行もんのようにやる「仲間外れ」。

小学生の女子がやる「仲間外れ」は容赦ない。

その上意味は特になし。なんとなく、やるんだな。

私も外される順番がよーく回ってきたもんだ。

ほんでもって、その仲間外れをする理由がそんなんだから、

「馬鹿馬鹿しいったらありゃしない」と噛み付くので、余計…ね。

ほんでもって、アホらしいのでと男子と遊んでたら

「なにあれー!」とまたさらに、という具合で。


あの時期は辛かった。

仲良しの子も取られて、ホント独りだった。

だから何だかんだいって、人の顔を伺ったり、相手ありきで物事を進める癖がついてしまった。


そんなバックグラウンドもあって、

36の今になっても、人と付き合う時は色々気を遣う。


勿論、その後はたくさんの良い仲間に出会えて、信頼をおいている友達がいるし、

ダンナさんに至っては一番信頼している。伴侶であって親友であって同志なんですな。


そーしてこーして今に至るわけですが、

子どもを産んでから、人との「繋がり」を大切にしようと心がけている。

まぁその中に、社会から取り残されているような不安を取り除きたい、っていうのも理由にあるんだけどね。

そして、子どもを軸に新たに繋がった人たちの多い事に驚かされる。

長男、次男の友達のお母さん達、近所のおじいちゃんおばぁちゃん達、習い事の先生、

「子は鎹」とは良くぞ言ったもんだ。


でも、それが理由で絶たれる繋がりも、あるんだな。

10年来仲が良かった(と思っていた)友人夫婦とは、子育ての価値観の違いで会わなくなってしまった。

10年…長いつきあいだと思っていたけれど、その繋がりは余りにも弱弱しくて、簡単に切れてしまった。



繋がりを大切にしたい、と思う。

けれど、思った事を伝え伝わることもあれば、発した言葉のみを捉えられることもある。

何も言わなくても解ってもらえることもあれば、何かを言わないと伝わらないこともある。

人の懐を図る人もいれば、金品で人を図る人もいる。

いつも会わなくても繋がりを感じている人もいれば、

常に存在を知らせないと繋がりを感じない人もいる。


あぁ難しい。難しいよ。

難しいなぁ。


こりゃ一思いに、

自分の合う人とさえ繋がっていれば、それは気も楽であって、毎日安気に暮らせるけれど、

それじゃきっと自分の為にならんのだよなぁ。

何でも有り難いと思わなきゃ、いかんのだろなぁ。



そうやって

毎日

人は悩んで、生きてるんだろうなぁ。