あんなにぐちゃぐちゃで


あんなに憎しみの怒りしかない環境で


よく生きてきちゃったよ。

母親は一生懸命
『何で私の話を最後まで聞かないの?』

『これは全て事実なのに』
って言う。


聞いても仕方ないんだよね。


『で、そんで何がしたいの?』

『そういう嫌なことされて、

それからどうしたいの?』

ってことなんだよね。


どんなに母親にとって理不尽な話だろうと、


あたしやお兄ちゃんには、

育児ほうきの理由にはならないし、

お父さんが大好きだから『良い妻』になりました


とか、

自分のためだけに、外に向けて『良い女』になりました


とか、

子供のために『良い母』になりました


とかさ。


何かひとつでもあったらとにかく。

何もないじゃん。


事実 事実ってさ。

そういうの選んだのお母さんじゃん。

そんで、お父さんの気にくわない全てに怒って

憎んで


からの?


平和なものは何も生まない。


生めなかったのは全部、お父さんのせい。

母になれなかったのも、

妻になれなかったのも、

何もかも。

結局自分ばっか。

で、この30年間ずっと何してんだよ
帰宅したら



母親が起きてた。




『お兄ちゃんから電話があってね』


って。


金銭的に、


二人の離婚は無理だろうって言われて、


絶望的なんだけど、


それでもきついからって話。



だめだ


ブログ書けないくらい、


色々言われすぎてノックダウン。

結局さぁ、

お母さん。何のために生きてるんだろう。


母親もできない。


妻として父親に話をしない。


仕事もしなかったし。


出来るのって、


家事だけじゃん。


前のダメ旦那と離婚して、


お兄ちゃんおぶって今の父親んとこにころがりこんで。


『金』しかなくて。


化粧もしないし。


オシャレもないし。


元が良かったのがせめてものすくい。


それだけじゃん。



こんなくだらない生憎繰り広げてさ。


早く離婚して一人暮らししてくれれば良かったのに。


まだ父親のほうが話せるから、


二人でやってけたよ。





高校まで厳しかったし、

周りもインテリ系が多くて遊べなかった。


ひっぱたかれるのも恐かったし、


親が全てで絶対だと思ってたし。


高校で反抗するようになって、

やんちゃな友達も増えて、

もっとぶっとんでる、

複雑な家庭を身近に知って、

だんだん、自分と親を切り離してみれるようになった。


それから、友達と居るのが楽しくなったし、


他愛ない会話が嬉しくて嬉しくて、

嘘ついて友達んちに行くようになった。


友達と遊んで、

すんごい大事な仲間たちに出会って、


ブラックミュージックにはまって、

クラブにはまって、

うーちゃんに出会って、

あんなに地獄だった親を忘れることができた。


改めて
たくさんの友達に感謝。


うーちゃんに感謝。