
ねずみ色の雲が、低く広がっている。
雨あがりのせいか、この季節にしては暖かい。
この交差点を渡れば、芽衣のマンションに着く。
雨で濡れたわけでもないのに、ブーツが重い。
あともう少し行けば、懐かしい彼女の笑顔が見られる。
気軽に逢いに行けばいいのに。
彼女は許してくれているわ。
そうだ、10台目の車がタクシーだったら
この交差点を渡ることにしよう。
芽衣と私は、幼馴染で長い間苦楽をともにしてきた。
泣き虫の芽衣を、強気な私が支えるという関係だった。
でも、私は私で素直で裏表のない彼女といると安らいだ気持ちになれる。
なぜ、離れ離れになってしまったんだろう・・
そう、あの日があったから。
芽衣から電話をもらって、いつもの喫茶店で待ち合わせ。
先に着いた私は、ホットとハムサンドで遅めの昼食をとっていた。
ガラン、ガラン。
喫茶店のドアが開くと
芽衣が目にいっぱいの涙を浮かべて
こちらに駆け寄ってきた。
「芽衣、どうしたの? また、男にだまされたの?」
バッグから、ハンカチをとりだして、芽衣に渡した。
目頭を押さえている芽衣。
テーブルに水が置かれた。
「カフェオーレ、砂糖を多めに」
おっとりしている芽衣のかわりに
注文を私がするのが、いつものパターン。
落ち着いたのか、芽衣がこちらにむいて
首を振りながらこう言った。
「ううん、大好きな人ができたの」
「ええっ? なんで泣いてるの?」
「うれし涙。清美に報告できるのがうれしくって」
あきれた子だ。
うれしくても、泣いちゃう泣き虫。
「まったく、芽衣ったら。うれしいなら笑ったらいいのに」
「だって・・」
そこからは、彼女の彼への想いがシャワーのように噴出した。
話の順番が前後したり、また泣き出したりして・・
でも、彼への想いはいやというほど伝わった。
支離滅裂な会話の中から
なんとか、経緯がわかった。
弁護士をしていて、彼女の通う英会話教室で知り合ったらしい。
彼女の理想とする男性像がそこにあった。
「清美、清美に会ってもらいたいの」
「んん。いいけど。デートのじゃまじゃない?」
「ううん。私っていろいろあったから、清美にお墨付きがもらいたいの」
「そうか、いいよ。いつにする?」
1週間後に、ふたりでよく行くイタリアン居酒屋で会うことになった。
当日、芽衣とふたりで店に入り、
軽くアルコールを入れながら彼を待った。
仕事を終えてから来るということだ。
チーズの盛り合わせとチキンのトマト煮を肴に
白ワインをあけていると
ほどなく彼がやってきた。
「いやぁ、お待たせしました」
浅黒く、上背もありイタリアブランドのスーツを難なく着こなしている。
口からもれる白い歯が、好青年を演出していた。
女性が十人いたら、九人は心惹かれるタイプかもしれない。
芽衣の横に座って、私の真正面になった。
芽衣は幸せそうに彼を見つめていた。
私は、アルコールが入っているせいか
胸がドキドキして
彼の顔もまともに見れないでいた。
「ボクは、学生の頃にヨーロッパを貧乏旅行したことがあるんです」
「へー、うらやましい」
「南フランスの田舎で見たうさぎが、芽衣そっくりなんです」
「ええっ、私って小動物?」
彼の腕を芽衣がこづく。
彼の会話は途切れることもなく、魅惑的な花の香りのようだった。
なぜか、彼は私の目を見つめて離さない。
気持ちが彼に傾くのが自分でもわかる。
「ダメよ」
と気持ちを切り替えるために、化粧を整えるため席を立った。
化粧室の鏡には、顔がほころびいつもと違う私が映っていた。
首を激しく振り、気持ちを整え化粧室を出た。
甘い香水が鼻についたと思ったとたん、
私は、壁に背中をぶつけていた。
目の前に、なぜか芽衣の彼がいて
私の唇に人差し指を押し当てていた。
「しーっ。清美さん。芽衣を送ったあと、どこかで飲みなおしませんか?」
あまりにも急なことで、呆気にとられてしまった。
何かをしゃべろうと、口を開こうとしたとたん
彼の口が、私の口をふさいできた。
蛇の鎌首のような彼の舌が、私の中で踊っている。
彼のふとももが、私の足の間に差し込まれ微妙な動きをとっていた。
「いい? 約束だよ」
「うん・・」
私は、すっかり、彼のとりこになってしまった。
芽衣に気づかれかれないように
時間差で席に戻った。
幸せそうな芽衣の顔を、まともに見れない私。
その日から、彼と秘密の付き合いが始まった。
彼に逢うたびに、とろけるような愛の言葉をもらい
幸せな気持ちを持ったけれど
芽衣の泣き顔が頭をよぎり、私を苦しめた。
そんなある日。
私のマンションから、彼と出ようとドアを開けたとき
芽衣が立っていた。
芽衣は、泣いていない。
「やっぱり、彼は清美にお似合い。私に気を使わず続けてね」
おっとりと笑う芽衣に、私は罪の重さで立っていられなかった・・。
そんなことがあったのに、芽衣からはいつものように、電話がかかってくる。
私は、出ることができなかった。
彼とも、その日から自然に疎遠となり関係は消滅した。
あれから、何年経っただろう。
私は、男性とのお付き合いもできず、
強気の私を支えてくれていた芽衣を失い
抜け殻のような生活をおくっていた。
そんな時、芽衣から結婚式の招待状が届いた。
どんな顔をして出席すればいいのか、
芽衣に対して幸せを願えるだろうか?
出席しないことを送り返そうと筆をとった。
でも、出席はできないにしても
直接彼女に逢って、過去を詫びよう。
そう思い立ち、この交差点に立っている。
「1、2、3・・・」
10台目の車が通りすぎた。
・・・タクシーではなかった。
でも、足が自然に交差点を渡り始めた。
そして、芽衣の部屋のチャイムを鳴らす。
ドアが開いた。
「清美・・」
芽衣の目から、あふれ出す涙。
ちいさな彼女が、私の胸に顔をうずめた。
「芽衣、あいかわらず泣き虫ね」
ねずみ色の雲間から、少し日がもれてきたようだ。
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