特別企画 縛らず師 外伝 -蜘蛛の宴- 前編 | Soulmate

Soulmate

汝、愛されたければこそ、愛せよ。

$ソウルメイト

はじめてご購読いただく方へ。

この作品は、特異な世界観で構成されています。
性描写も含まれますので、20歳以下の未成年やこういった話が不快に感じられる方は
ご遠慮いただきますようよろしくお願いします。
オリジナル小説「縛らず師」に登場したカップル、
青山さんと月子さんを主役としたスピンオフ作品です。
表題画及び小説は、私のオリジナルです。




蜘蛛の宴  -序 章-



暦の上では、すでに秋。

季節はへそを曲げているのか、暦と一致することが少なくなった。

今夜も、生暖かい空気が不快感を演出している。


大阪 布施。


住宅街に似つかわしくない、ペパーミントグリーン色のドアがある。

板切れにドローイングされた「セレンゲティ」という表札。


ドアを開けると、壁に直接描かれたジャスミュージシャンの姿。

間接照明で、薄暗い。

一直線のカウンター席があり、つめて座ってもせいぜい10人でいっぱいになるだろう。


ミュージシャンに邪魔にならないように、棚に酒瓶が並べられている。

酒瓶には、統一感がない。

ウイスキーもあれば、ウォッカもある。

地酒の一升瓶まで置かれている。


BGMは、Bob Marleyの「Get up , Stand up」。

過ぎ去っていく夏を惜しむかのように、レゲェのリズムが刻む。


カウンター奥には、鈍く光るサックスを磨く長身の男。

手をとめて、ときおりバーボンを呑む。


男は、きっちりと7:3に分けた髪に太い黒ぶち眼鏡。

薄い唇にこけた頬をしている。

全身、黒のスーツ。シャツもネクタイも黒。


「青山さん、月子さん相変わらずのマイペースですね

待ち合わせ時間、たしか7時だったでしょ。

もう9時ですやん」


セレンゲティの雇われマスターが、言葉を男になげかけた。


「あぁ、ホンマやな。

女ちゅうのは、デート前の仕度もレジャーやねん。

こうして、待つのもレジャーやん」


「ふーん、そんなもんなんかな。

ワシやったら、激怒しますけど」


グラスを磨きながら、呆れ顔のマスター。


リリリン。

店のドアが開く。


くびれを強調した、フワフアした白い生地のワンピース。

栗毛で内巻きの髪、透き通るような白い肌で、

濡れた大きい目した女が入ってきた。


「あんさん。おまたせぇ」


「月子さん、いらっしゃい」


男のとなりに、行儀よく座った。

青山は、少し手を止めて振り向いて、またサックスを磨きはじめる。


「マスター。私、天狗舞。

少し氷いれて、のどが渇いちゃった」


「はい、月子さん」


棚から一升瓶を取り出し、ワイングラスに注ぎ、氷を2つほど入れる。


「どうぞ、天狗舞のロックです」


「ありがとう」


幼い顔立ちのわりには、笑顔に色香が漂う。


「そういえば、例のやつ、近々やるらしいですね」


「うん。蜘蛛の宴ってやつなの。

毎日、柔軟運動しながら鍛えてるん。

マスターも観にきてな」


「もちろん。私、月子さんのフアンやもん

あれは、綺麗やもんなぁ」



あれとは?


「魅せるSM」の舞台のことである。


青山と月子は、ペアを組み

観客を前にし、芸術にまで高めたSMを演じる。


青山と月子のペア「ブルームーン」が

野外での舞台を計画しているのだ。


青山と月子。

もちろん、本名ではない。


ふたりは、夫婦でもなく恋人でもない特別な絆で結ばれている。

“つがい”と言われる関係。

出会いは、数奇な出会いから始まっている。





第一章 -月 子-



大阪府高槻市。


月子こと桂 江都子は、両親が学校教師の間に生まれた。

父は高校で生物、母は中学の英語の教師をしていた。

晩婚同士の結婚ということもあり、

江都子は難産であった。


父は、北陸へ単身赴任。

母は、高校受験を控える3年生の担任ということで

家にいることが少なく、

父方の祖母に江都子は育てられた。


公の意識の強い両親にとって

規律正しく、周りに迷惑のかけないような

平凡な子に育ってほしいとの願っていた。


しかし、祖母が地方の温泉芸者をしていたこともあり

日本舞踊や唱を江都子に教えた。


明るく快活だが、少しはみ出しがちの性格の子供に育った。


小学生の頃の成績は、

すばぬけて良い成績の学科があるとおもえば

クラスでも最低な成績の学科があるような

極端なものだった。


小学3年の春休み、久しぶりに両親に連れられ街に出た時、

彼女の生き方を形付ける出会いがあった。

大阪公演で来日していた、ヨーロッパのバレエ団のポスターを見たのである。


美しくポージングしたプリマの姿に魅せられたのだ。


「おとうちゃん、おかあちゃん。うち、これやってみたい」


「ん? バレエやんか。あかん、あかん。

こういうのは、特別に選ばれた人がやるもんや。

江都子には無理、無理」


「おとうさんの言うとおりや、

えっちゃんは、まじめに勉強して、

おとうさんややおかあさんのように、学校の先生になってもらいたいわ」


「いやー」


街中の人ごみの中でも、おかまいなしに泣き続けた。

驚いたことに、家に帰りつくまでも続いていたのだ。

これには、両親もあきれ閉口した。


しぶしぶ、バレエ教室に通うことを許した。


バレエを始めるには、年齢的に遅い。

だが、才能が開花したのか

上達は早く、教室内でも指よりのプリマに成長した。


年に1度、近畿圏のバレエ教室が集まって発表会が行われる。

江都子の教室の年少の部で、プリマドンナに抜擢されたのだ。


その時の、江都子の喜び様は生涯の最高の部類にはいる。

母親に、直接伝えたいが帰りが遅いため手紙に書いてテーブルに置いた。

祖母に頼んで、父に電話で報告した。


だが、両親はいまだ理解がとぼしく

そっけない返答が返ってくるだけだった。

唯一の理解者である祖母は、大喜びで江都子を絶賛してくれた。



発表会当日。



父は単身赴任のため、観にくることはできないが

母は観にきてくれる約束をしてくれていた。

一番喜んでくれていた祖母は、

持病が悪化して入院したため、やむなく断念した。


楽屋では、教室の仲間の両親が集まり

めいめい、励ましあっている。

しかし、江都子の母親は来ない。


「おかあちゃん、学校のことで忙しいんやわ

きっと、始まる頃には観客席で観てくれてるわ」


そう信じて、繰り返し自分の踊りをイメージして

舞台へ集中した。



観客は、江都子の踊りに魅せられていた。

天から舞い降りた天使が

舞台の上にいるのだ。


幕が下りた時、観客席は絶賛の拍手で沸いた。

訪れていた関係者達も、将来有望の小さなスターの誕生に胸を熱くしている。


そんな歓喜の渦の中、当の江都子の心の中は悲しみでいっぱいだった。

結局、自分の晴れ姿を誰も観にきてくれていなかったのだ。


複雑な心境のまま、

帰宅した江都子は、玄関に見慣れぬ男の靴があるのに気づいた。


黙って、寝室の前を通ると

母親の押し殺した、苦痛のような声が聞こえた。


「おかあちゃん、病気かも。

お医者さんが来ているんや」


観に来れなかった理由がわかったことと

母親の心配する気持ちが、寝室のドアを勢いよく開けさせた。


「おかあちゃん、身体大丈夫?」

「ひっ、何? 江都子?」


そこに見えたのは

見知らぬ男と、裸で重なり合っていた母親の姿だった。


「えっこちゃん・・これはね・・」



口を真一文字にし、江都子は無言のまま部屋を出た。


その日から、江都子に影が落ちる。





あれだけ、希望を感じたバレエに精彩がなくなり、

応援してくれた祖母も次の年に天にめされてしまった。


あれ以来、母親との心の溝は深くなった。

両親の関係も悪化をたどっている。


学校では、ひとりで過ごすことが多く

あれだけ明るかった江都子の姿はもうない。


そこにあるのは、恐ろしいほどの美貌と影のある目元だった。

中学、高校と真っ白な日記帳のような時間を過ごした。


大学へは上がらず、逃げ出すように

家から出て、独り暮らしをはじめた。


昼間は、パン工場のラインで機械のように働き、

夜は、バレイ教室時代の知人に頼まれて

舞台演出の脚本の手伝いをしていた。

情熱を失ったものの、少しは舞台への想いは残っていたのだ。


20歳を過ぎた頃、

地味な色のコートを着てアパートを出た。

これといってすることもない休日だったが、

時折、美術館で絵を見るときがあった。


大阪にドガの「踊り子」が数点来ている。

子供の頃、バレエのポスターで道を目指して以来、

演じることも好きだったが

ドガの「踊り子」の絵を画集を集めたりするほど

絵を見るのも好きになっていた。


展示は、ドガの単独のものではなく

ドガの生きた頃の、画家達の絵をあつめたものだった。

踊れなくなった今は、唯一の心のよりどころとなっている。


知らない画家の、パリの街並や裸婦の絵が続く。


お目当てのドガの「踊り子」があった。

画集の絵にはない、迫ってくるような本当の絵の力に圧倒される。


絵の中のプリマは、笑みを浮かべ美しく舞っている。

自分を踊り子へと投影していく。

発表会の充実した踊りが蘇ってくる。

歓喜の渦の中、幸せの絶頂。

その瞬間、寝室で見たおぞましい母の姿がよぎる。


急に力が入らなくなって、しゃがみこんでしまった。


「あの・・大丈夫ですか? そこの椅子で休まれたらどうですか?」

「あ・そうします」


立ち上がると、少しよろめく。

声をかけた男が、支えながら椅子に座らせてくれた。

しばらく、動けなかったが現実に戻れた。


「少しは、楽になったみたいやね」

「・・ありがとうございます」


横の椅子には、初老の紳士がいた。

調子が戻るまで様子を見てくれていたようだった。


「もう大丈夫みたいです・・貧血かしら」

「それはよかった」

「ご迷惑をおけかました」

「いや、ええんです。あなたはドガは好きなんやね」

「はい。大好き」

「そらそうやな、立ちくらみするくらい感動するんやもの」


クスッ。

おもわず、笑ってしまった。


素直に笑ったのは、いつの頃だろう。

何度も、自分を取り戻そうと決意をするものの

人を信じなくなり、

殻のなかに閉じ込めてしまっていた。


あっけなく、殻が割れたのだ。


「私は、藪谷四郎というもんです。

絵画を教えながら自分で絵を描いてくらしてます」


「わ、わたしは、桂江都子です。

パン工場で働いてます」


「妻を亡くしてから、修行をかねて

名画の模写をしながら、休日を暮らしているんですわ」


脇にスケッチブックを抱えていた。

藪谷という紳士は、年配にしては背が高く

やせてはいるが、あごがしっかりとしていた。

白髪のまじったあご髭、

銀縁のめがねからは柔和な目がのぞいていた。


どことなく、父親に似ていた。


「昼食でも、いかかですか?

美術館のレストランで、サンドイッチでもつまみながら

踊り子の話をしましょう。

ご予定でもありますかな?」


江都子は、少し躊躇したものの

久しぶりに人と接したい気持ちになった。


「ぜひ、どんな絵をお描きになるのか

興味ありますし」



その日から、

藪谷という男と、交流が始まった。

交流といっても、名のある絵画が来阪したときに

待ち合わせをして、一緒に絵を観ること。


そういう交流が半年続いた、ある日。

藪谷がポツリと言った。


「江都子さん、実は新しい絵を描こうと思っているんやが

モデルになってもらいたいんやが、どうやろ?」


「えっ、モデルですか? やったことないし

私なんか描いても、いい絵なんか描けませんよ」


丁重にお断りしたつもりだった。


「突然の申し出でもうしわけない

来月に、妻の7回忌になる。

天にいる妻にプレゼントをしたいんや

お願いできんかな?」


自信はなかったが、

藪谷の妻への想いに感銘し、モデルになることを承諾した。




第二章 -めばえー




ツタに覆われた洋風の建物の壁に

2つの長い影が伸びている。


「ここがアトリエ兼自宅や」


「旧そうなお家ですね」


「そうやな、もともとはこのあたりの地主さんの倉でな

空襲にもあわんと残ってたらしい。

戦後すぐに、密造で作ったビールを保管しとったらしい。

そのあと、ワシが買い取ってアトリエにしたんや」


「へー、やから壁がレンガなんですね」


白いペンキで塗られた入り口のドアに

刷りガラスがはめ込まれている。

「藪谷絵画教室」とプレートがかけられていた。


中に入ると、小学校にあるような靴箱が置かれていた。


「生徒さんがたくさんいるんでな、

まるで学校みたいやろ。

スリッパに履き替えて上がってください」


「はい、おじゃまします」


パチンと電気のスイッチを入れると

時間差でたくさんの蛍光灯が部屋を照らした。


「わあ、広い」


天井が高く、窓を大きくとっている。

蛍光灯の光以外にも、窓からそそぐ夕日が窓際を赤くしていた。

アグリッパやビーナスの石膏像が並べられている。


デッサン用のキャディックと丸いすが

部屋の中央を囲むように並べられていた。


絵の具の匂いなのか、独特のかび臭さが鼻につく。


江都子は、部屋に入るまでは

モデルになるという緊張から胸が高鳴っていた。


部屋に入るとその気持ちは薄まり、

舞台に立つ時に似た、神聖な気持ちになっていた。


「まあ、座ってください。インスタントやけどコーヒーいれます」


「おかまいなく」


作業をするためなのか、テーブルがとても広く長い。

コーヒーを飲みながら、藪谷が言った。


「なかなか、申し上げにくいんやが

モデルは裸婦でお願いしたいとおもっているですが・・

どうやろうか?

唐突で、申し訳ない・・」


「裸婦って、裸でですか?・・」


「うん、今までワシが江都子さんに見せていたんは

名画の模写だけやろ?」


「ええ、とても模写とは思えないものでした」


「無理には言うつもりはありません。

私の描いた絵を観ていただいて、

決めていただいても、いいでしょうか」


「え・ええ・・」


申し出に戸惑いは隠せない。


「こちらへ」


アトリエの奥にあるドアを開ける。

床にはたくさんのキャンバスが立てかけられている中

1枚の大きな絵だけ、壁にかけられている。


透き通るような肌をした女性が

横たわりこちらにむかって、微笑している絵だった。


「これは、若い頃の妻や

一番好きな絵で、売らずにこうして残してたんや」


「なんて素敵な絵。感動しました。

清楚に見えて、少し官能的で

本当にここに存在するかのようです」


「ありがとう。

妻を亡くしてから、筆が進まなくなって

描いては塗りつぶしを繰り返していた。

いつも、この絵の前に立って

この絵を超える絵を描きたいと奮い立たせていたんや」


「・・そうなんですか」


「江都子さんと出会ってから

描く情熱が沸きあがったきた。

超えられるかもしれないって」


「・・わかりました。

お力になります」


「あ・ありがとう。感謝します」


部屋は薄暗い。

中央に不規則に敷かれたシーツが少し高い位置にある。

右斜めから、白いスポットが当てたれている。


素足にガウンを着た江都子が

緊張気味に立っている。


「10分描いて、5分休憩。

時間はこのタイマーの音で知らせます」


「はい・・」


ガウンを脱ぐ。

贅肉のない均整のとれた姿態が現れた。

気持ちが離れたとはいえ、鍛えられた身体は健在である。


しばらく、見とれていた藪谷は

我にかえった。


「では、後ろに手を組んで

両膝で立って、あごをやや上げて

上半身を反らせてみてください」


ぎこちないが、

バレエでつちかった柔らかい身体と経験が

見事に美しい形を作った。


「あかん、もっと反らす」

「は・はい。こうですか?」

「そのまま!」


普段の柔和な藪谷とは違う、鋭い言葉。

心の中で、少しとまどったが

いい意味で緊張感となり、集中できるようになった。


休憩を入れながら

ポーズに戻る。

繰り返すうちに、舞台の最高の瞬間が蘇ってきたかのように

気持ちが充実してきた。


木炭で描く音が、描く藪谷の視線が

観客のように感じられる。

もはや、暗い影がなくなった。

形は違えど、かつての勘を取り戻したのだ。


最後のタイマーの音。


「ご苦労様、今日は終わっていいですよ。

あと、何回かお付き合い願えるかな?」


「・・・」


「江都子さん?」


我に返ると


「は・はい。よろしくお願いします」


舞台を終えたあとのような

充実感が身体を包んでいた。



それから何度か、アトリエを訪れた。

その度に、充実感が増してくる。


だが、ひとつ気になることがあった。


どれくらい描いたのか、どれくらい進んだのか

気になって、絵をこっそり覗くのだが

見事に描かれたデッサンの絵に

×を書きなぐっている。


「私では不十分なのかしら・・」


もっとがんばろうと奮起すると同時に

淋しさがこみあげてくる。

レッスンが評価されないことと似ていた。


いつものように、こっそり絵を覗いていると

後ろから声が聞こえた。


「気になるかね?」


「あっ、ごめんなさい。

だまって見てしまって・・」


「いいよ。せっかく良いポーズをとってくれているのに・・」


「私じゃダメなんでしょうか?」


思わず泣き出しながら聞いてしまった。

藪谷は、首を横に降った。


「いいや、君が悪いわけではない。

実にすばらしい逸材だと思っている。

だが・・」


「?」


涙をガウンの裾で拭きながら、

すがるような目で藪谷を見た。


「実は、あの絵を描いたとき、

もうひとつの要素があったんや」


「それは、奥様への愛情?」


首を横に振る。


「もちろん、妻を心から愛していた。

やが、ふたりの間には特異な秘め事があったんや」


「秘め事?」


「あの絵、独特の官能なものがあったやろ?

気がつかんかったか?

肌の端々に縛られた跡のようなものがあったんを」


「あっ、そういえば・・」


「君は、サドとマゾというのを知っているかね?」


「サドとマゾ?」


江都子は、母親の一件依頼、トラウマとなっていたことと

恋愛というものを経験したことがなかったので

特異な関係どころか、男女の深い関係にはうとかった。

だが、モデルをはじめて以来、

どことなくモヤモヤした気持ちと

身体の一部の疼きを感じている。

アトリエに通った日の下着がいつも濡れていた。


「知るはずはないね・・」


「その、秘め事・・私にはできませんか?」


「・・・・」


「先生に、あの絵を超えてもらいたいの」


「あかん。それを言うたら」


肩に手を置いた瞬間

江都子が抱きついてきた。

目から涙が流れている。


「先生、お慕いしています」


江都子を支えるようにした手が

力強く引き寄せた。


「江都子さん。それを知ったら

戻れなくなりますよ。後悔するかもしれない」


「いいんです。先生の好きにしてください」


「・・・・」



江都子は、藪谷から離れ

両手を組み、前に差し出した。



「先生・・お縛りになるんでしょ?」

「・・・・」

「どうぞ・・」


無言のまま、藪谷は背中に手を添えた。


「来なさい」


2階の住居へつづく階段を上がっていく。


「もう、この部屋は使うことがないと思っていたんやが・・

さあ、入って」


長い間、人の手が入っていない独特の湿った空気が部屋に漂う。

家具もなく、殺風景な部屋。

壁には、クロスに組まれた木材が固定されている。


「そこに立って」


壁際に立つ。


唯一部屋に置かれていた

長い木箱のふたを開け、

藪谷は、縄を取り出し江都子の前に立った。


「こういうことは、けっしてゆるされることではない。

秘め事、もうひとりのワシの姿」


「・・・・」


江都子の心の中は、無といっていいほど穏やかでいる。

受け入れる喜びを感じている。

何もわからない、何をされるのかもわからないのに

自分の中で納得をしている。


「後ろに手を組んで」


「はい・・」


丁寧に、ゆっくりと縄で縛りはじめる。

ときおり、締め付けられる感覚に痛みを感じるが

不思議と恐怖心はない。

全身を縄ではりめぐらされた時、

自分が繭の中に閉じ込められたというか

子宮に戻ったかのような安らぎを感じた。

藪谷に包まれたような

心に近づいた喜びを感じる。


充血した胸の先に指が触れる。

おもわず、身をよじる。

感じるというのはこういうものなのか?

初めての経験。

身体の中のバラバラだった芯が

1本に繋がった気がする。


「ああっ」


今まで、発したことのない声。

自分でも驚く。


「江都子さん。これから

感じたまま、自分をゆだねなさい。

ワシは、出会った時から

こうすることを願っていたのかもしれない」


「はい・・」


胸の先の充血が、やさしい触れから力が加わる。

痛みなのか、快感なのかわからない。

縛り付けられた縄が、身体に食い込む。


藪谷は、あごに指をかけると

すっともちあげた。

唇をかさねあわせる。


江都子の初めての口づけ。

全身の力が抜けるのがわかる。


力がぬけた分、肉が緩みますます締め付けられていく。


「くぅ・・」


藪谷は、身体を離すと

じっと江都子を見つめる。


「美しい」


乱れた髪が、頬にはりつき

放心ともいえる官能美。


下腹部に手を添えると、

そのまま指が恥毛を摘む。


「これは、必要ないな」


「!」


「剃りますよ」


縄と一緒に運んできた小箱から

はさみを取り出す。


ジョリ、ジョリ。


ちぢれたものが、ハラハラと床に落ちる。

恥ずかしさと、とりおり肌に触れる金属の冷たさが

音のするたびに、身体が敏感に反応した。



「そのままでいなさい」


「・・・・」


部屋の中が静まり返る。

放置されたままの間、バレエの厳しいレッスンを思い出していた。

はじめての振り付けを教えてもらい

少しづつ上達していく喜び。

新しい舞台を始める期待感があった。


部屋のドアが開く音がした。

下腹部に熱いものがあてられた。


「あ・熱い」


熱いのは一瞬で、やがてじんわりと落ち着いた。

蒸したタオルをあてがえられたのだ。


シュッ、シュッ、シュ


髭剃り用の刃を、なめし皮でといでいる。


ジョリ、ジョリ。


石鹸で泡立てられた部分を、刃は滑り込む。

やがて、少女に戻ったような滑らかな部分が露出した。

少し軽くなったような気がする。


藪谷は、柔らかい部分に指を滑り込ませようとしたが

かたくなに、足を閉じて拒む。


「いやっ。やめて」


江都子を立ち上がらせえると

壁へ身体をむけさせて、頭だけ壁につけさせる。

足を閉じたまま、お辞儀をするような姿。


縛られているため、頭だけで支える格好となっている。


パチン。


臀部に痛みが奔る。

藪谷が手のひらで叩く。


「足をゆるめるまで、続けるぞ」


叩かれてはよじれる。

縄が食い込む。


我慢と痛み。

それは苦痛なのか?


叩く合間に、胸の愛撫も続けられる。

まさしく、飴と鞭。


痛みがやがて、快感にかわる。


かたくなな足が緩んだ。

藪谷の指がさしここまれた。


「ああっ」


脳の快楽物質が、大量に流れ出した。

臀部への刺激と

秘部への刺激

容赦なく続けられる。


耐えられないくらいの快感が

頂点に達したとき

動きが止まった。


力尽き、床へ倒れ込んだ。


はじめてだらけの経験。

江都子は、すべて通り越して最大の快感を得たのだ。

だが、男と女の一線は越えなかった。


「江都子さん、君はまだバージンだったんだね・・」


「・・・・」


上着を脱いで、江都子にかけた。

藪谷は、やさしく縄をといていく。




「デッサンにはいりましょう」



その日から、デッサンの前の秘め事は続いた。

藪谷への特別の感情と

特異な行為に

江都子は、めばえてしまっていた。


人というのは、めばえたあとは

貪欲になる。


藪谷からの愛情も

秘め事の行為も、よりいっそう求めていってしまう。


心から尽くした。

だが、満たされない部分がある。


あれだけの行為を行いながら

男女の一線を越えることはなかった。

それと同時に未だに絵も形になっていない。



藪谷の想いが、仕事を早退させ

アトリエへ行く時間を予定よりも早く到着させた。


合鍵でアトリエに入る。

彼女にとっては愛の巣。


藪谷は不在のようなので

アトリエにひとり座って待っていた。


物音がした。

藪谷の元妻の絵の部屋だ。

そっと覗いてみると

藪谷が、妻の絵の前で泣いている。


「英子・・まだ私はそっちに行けない

はやく、はやく行きたい」


足元には、江都子を描いたスケッチが散乱している。


江都子の中に黒いものが宿った。

亡き妻に対して、嫉妬したのだ。


アトリエを出て、その日は戻らなかった。


それから、病的に思えるほど

秘め事が過激さを増し、藪谷の身の回りの世話も熱心に行った。



「なぜ、私を受け入れてくれないの?」


胸の内で苦しんでいる。

未だに男女の一線を越えてはくれない。

そういう満たされない想いが

元妻を描いた絵に対して憎悪を覚えだした。


藪谷が外出中、

元妻の絵を観るときがある。


官能的な微笑。


「私は、この人を超えられない」


憎悪と悲しみ。

そういう日々が続く。


江都子のそうした想いに反して

藪谷の気持ちは、冷え始めていた。


江都子もそれを感じている。


藪谷を自分に取り戻したい。

奥さんが憎い。


そういう最大にはりつめた気持ちが

元妻の絵の前に立たせた。

手にはナイフが光っている。


気がついた時には

額のガラスが割れ、十字に切り裂かれた絵だった。


「なんてことを・・・」


江都子は、アトリエを後にした。


また、重い十字架を背負ってしまった。

残ったのは、秘め事で知ってしまった特異な快楽。


江都子は底の見えない闇に転げおちていく。




第三章 -駆け込み寺へ-につづく



<予告>


知ってしまった特異な秘め事。

どん底にまで堕ちてしまった江都子。


とある場所で、自分を取り戻すきっかけをつかみます。


中編をお待ちください。


主人公、江都子こと月子が登場する小説が

連載小説「縛らず師」に登場します。

事前に読んでいただければ

後半の世界観がよりいっそうわかりやすくなります。

良かったら読んでみてください。



連載時の公開済みのものはコチラ↓

<前夜> はじめての方はこちらからどうぞ 

<一夜目 あらすじ>

<二夜目 あらすじ>