正直このままでは家庭が破たんする~
って思って色々考えました。っで、毎朝起きた時に起こる激しい手のむくみ・・・そして相変わらずミギーのどうにもならない痛み。
それは、変わりません


が、旦那に仕事に熱中してもらえるようちょっと試みたりすることをしました。
まだ1つずつですが、私はアロマとかお香でも匂いにとても癒されます

今使っているのは、「生活の木」のラベンダー、フランス産
そして、朝むくむのは自己判断ですが、血流が悪くなるからじゃないかな

って思って、
昔、SLEでステロイドを多量に服用していて、むくみが酷かったときにおこなっていた
足湯と手湯を寝る直前にやってめっちゃ温めて手袋をして寝てみました。
昨日、旦那と話し合いで空気が乱れる前にアロマとバケツ?(よくお風呂場にあるようなやつより大きめの足湯ができそうな・・・)を買ってきてもらい、試してみました

本来ならば、私は今皮膚から吸収する痛み止めの薬をしているのもあってアロマだけでなく、もしかしたらそれこそ風呂上りにがさついたときに塗ってる愛用の
アピビータのボディーローション

や、ハンドクリームもダメなのかもしれません。
すっかりこの薬を処方してもらう時に聞くのを忘れてしまいました
でもね、寝る前にちょっと熱めの温度のお湯と水を合わせて手や足を入れた時には
「アチッッ
」
って感じるくらいのにつけて、手の皮が少しふやけてきたり、足だったら足が赤くなってきたかなぁ~くらいまでやってみたら・・・
大成功

すっかりこの薬を処方してもらう時に聞くのを忘れてしまいました

でもね、寝る前にちょっと熱めの温度のお湯と水を合わせて手や足を入れた時には
「アチッッ
」って感じるくらいのにつけて、手の皮が少しふやけてきたり、足だったら足が赤くなってきたかなぁ~くらいまでやってみたら・・・
大成功


今日の朝、多少はむくんでいたものの、いつもほどではなくて自分で今度はミギーを温めに行けるほどになったのです

旦那は、私がいつも朝、今までのように固まるのを知っていて心配だったのでいつもより1時間早く起きて私を起こしてくれました。
起こすときは、手や足が布団からはみ出していたので「またヤバイかも」・・・って怖かったそうです。
そしたら、こんな感じだったのでビックラこいていました(笑)
でもね、昨日私、実は夜の9時ごろから旦那との話し合いのことがあって、ふて寝してしまったので1時ごろ起きだして、寝れなくて結局寝たのが4時半ごろだったのです

だから、旦那が6時半ごろ起こしてくれた時ぶちゃけ、まだ睡眠薬が効いているし眠かったけれど、とりあえず気合で旦那が出勤するまでわ
~って起きていました。っで、その後眠くてしょうがなかったので、2度寝してしまったのですが
やっぱり自分で寝返りが痛みから打てないのかミギーが痛くなり、また手も朝ほどではないけれどむくんでしまいました

でも、朝のことがあったので自力でどうにか対処し今、車椅子に座りながらこうやって
日記を書けるようになりました

本当は3月5日が外来の予定日だったけれど、ミギーの件はおかしいので緊急で明日いつもの先生がいる時間帯に予約を取りました。
っでね、一人で行けるわけでもないので旦那に相談しても、やっぱり明日は休めないとのこと。
っで、ちょっと間を置きたいって思っていた唯一の友人に相談したけれど、明日は仕事が入っているとのこと。
もう、最終的に仕方なく、実家にいる父に相談するものの、明日は仕事でやっているほうではなく、同じく病を抱えた人の病院への送り迎えが入っているからそんなに急に言われても・・・
休めないしもっと前に言えって。
困り果てた私・・・
(泣)それでもどうにも一人で行く手段が今ではないので、(行政の介護のの方には今申請中のためまだお願いできないのです。)
もう一度実家に電話してお願い、誰か他に送り迎え変われる人いない?って聞いて渋々父は社協に電話して、ほかの人に代わってもらいました。
父ももう歳というのもあり言動が私と合いません(歳は70歳近いです。)
(歳のせいにしてはいけないのは分かっているけれど、うちの場合は、色々とあるもので。)
父との生活
------------------------------------------------
もともと実家にいた時から性格的にもあわず、
母が亡くなった時にも、私を寂しくないようにって高額なお金を渡し、ブランドもの買ってきな~ってだったり、
お金は母の貯金や財産などからいくらでもくれるようになり、
学生だった私は家に帰っても一人だし、専門学校時代には色々あっていじめられていましたし。その中でも仲良くしてくれていた友達が数名(本当に数えても指折りできるかくらい)にも、お茶代出すから付き合って、って言って寂しさを紛らわしていたりしていたら、友達が本当にいなくなりました。
そして、唯一、私の演奏力をかってくれて紹介してくれたり、飲み会に連れて行ってもらったりして仲良くなった先輩方とのお茶して色々話すことが楽しみでした。
その後も父は何事においても表現が下手というか言葉が突き刺さることがあって殆ど話しませんでした。
だから何かあると付き合っていた彼氏の家に転がり込んだり、20歳を過ぎてはクラブに行って朝帰りを繰り返し。
1週間以上父と顔を合わせることがなく、実家でたまたま会うと、
「生きてらっしゃったんですね。」
なんていわれました

------------------------------------------------
こんなに長いなら次のブログに書けってねw
いつかまとめる予定ですが。
またまた長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
最近旦那にはよくも毎日そんなに長い文章かけるね。
なんていわれますが、事実を書き出すとごまかしたり、まとめたりして文章を書く能力がまだ
私にはないのか、自然となってしまいます。
これからもよろしくお願い致します。
このまま明日外来に行って、毎日が安定した日々が過ごせますように

そして、私だけでなく色々な病気と闘ってらっしゃる方が日々前進できますように

願っています。
------------------------------------------------
→もお願いします 
気付いたら2時間近くかかってました(笑)

