SLEから繊維筋痛症までの道のり-02- | Tomokoのポケット記録

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原因不明の病気に負けずに、才色兼備を目指していこうとしているブログです(笑)
始めて読まれるかたは「はじめに」を目を通してみてください。

前回から引き続き道のりは長いですが書いていこうと思います。
前の道のりの記事を読んでらっしゃらない方はこちらをよんでみてください★

注意:ただ、私の場合や私の家族、周りの友人に起こった事柄から中心に書いていますので、すべてが全てあてはまるとは関係ないと思います。そのことを念頭に置いたうえで読んでください。

SLEでは色々な症状が起こるとされています。

SLEは全身の臓器に変異を起こします。ストレスも原因の一つではないかと思います。
私の場合のようなあざのようなことがきっかけで病院を訪れる方もいるかと思います。

よく聞くのは、顔面の鼻を中心にして両サイドの頬に蝶型の発疹ができたりするそうです。
実際私の母は典型的ともいえる、蝶型の発疹ができていました。

でも、最近では20代、30代と若い女性がなっている傾向があるそうですね。

前にテレビで聞いたのは夏場にプールとかで直射日光を浴びてそれが原因である日顔に発疹ができて・・・なんてことも見たことがあります。

あと同じ病棟で仲良くなった友達に聞いてみたらその友達たちは、
普通に今まで働いていて、ある朝、気持ちが悪くなって吐き気が止まらなくなって吐いてたそうです。

そのあと病院行ってSLEと同じ上がる個所の数値があがってて判明したって方もいらっしゃいました。

他にも臓器が日に日に痛くなってきて痛みに耐えられなくなって病院に行ったら・・・なんて話も聞きました。

あと、一回なってしまった人は活発な時期と小康状態とがあるそうなので一生のお付き合いになるのかなぁ?

何かしらの人生の節目とかには要注意かもしれません。
私の場合はおそらく母の死がきっかけだったようです。

そして、母の発症は、私を生んだことだったのではないかと一時期、SLEのつながりで母が、文通をなさってた方に聞いたときにお手紙で言われたことがあります。
生んで直ぐではないですが、表に出てきたのは下記にも書いたように私が中学生のころからですね。

だから一般的に書いてある原因が原因でなる病気ではないのではないかな?と自分なりに思ってはいます。私は医者じゃないので聞いた話をもとに書いてあるだけなのであしからず。

他にも私はこういうのが原因らしき感じで発病したと思うという方などいらっしゃったら是非コメントでもメッセージでもくださいね

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ところで、私にとってはSLEの先輩である母のこと。
SLEからの併発で川崎病やシェグレーン症候群なども持っていました。ほかにもあったような気がしましたが覚えているのはその病名くらいです。

この記事の01の方には書いてありませんが、日記のどこかに書いたのか、いただいたコメントに返信する際に書いたのかも忘れてしまいましたが、

私の母は、SLEを基本とした膠原病をいくつか発症し、ある時一時退院で家に帰ってきました。
っといっても5年くらいは入退院の繰り返しで、私は中学生、高校生ながらに朝から学校に行っては学校に母の着替えの支度を一緒に持っていき、帰りにその足で病院に駆けつけ、家に帰ってきては食事の準備、そして食べ終わったら茶碗の洗い物・・・などとしていました。

なので、高校生ながらにあかぎれができていて学生主婦かっ!ってくらいの手をしていましたw

高校で授業中ながらにも病院から電話がかかってきて母の状態が危ないとか聞いたこともありました。本当はすぐにでも駆けつけてあげたい気持ちがいっぱい。でもね、私、おかあさん大変だけれど学校行ってこんなにも私なりに(自己満かもしれませんが)頑張っているよって伝えたくて。

でね、ある日調子が良かったのかは分かりませんが、医師から一時帰宅を許され帰ってきましたが、今までの母のように家事ができるわけでもありません。だから私が学校から帰ってきても母の身の回りのことをしてあげたりしていました。

私の母は、ムーンフェース、食欲不振など、他にも思い起こせば色々な副作用があったけれど、髪の毛がどんどんステロイドの副作用で抜けていきました。だから髪の毛をといてる母を見ててこんなにも髪の毛が抜けるなんて・・・って思ってました。そのあと、私が掃除をするのにも本当に悲しすぎるくらい。

入院中、髄液をとったりもしていましたね。他にも何の検査か忘れてしまいましたが、局部麻酔をかけて検査したことがあり、でも、もう麻酔が抜けていてもおかしくないぐらいの時間になっても全く反応がないのです。
私が学校から終わった後駆けつけてそのような状態だから声をかけてあげてって看護婦さんにも言われて声をかけても反応なし。
なんだか、それだけでお母さんといつものようにお話ができない!!って思ってなんで?なんで?って思ってショックでした。

そして、ある日学校から帰ってきて母の部屋を訪ねると・・・
たんすの中から洋服がひっちゃかめっちゃかに出されていて、私は学校から帰ってきて夕方にもかかわらず、今日これから学校でしょ?頑張って言ってきてね!とか朝と夜の区別もつかなくなっていました。部屋がごちゃごちゃ状態なうえに母の言動もおかしい。

お父さんが帰ってきて様子を伝えてどうにかすぐにでも病院に連れて行ってあげないとこれはなんかいつもとは絶対違う!!!って思っていたのですが、父からの返信は、「次に木曜日に外来があるからそのときまで待とう。」って。よく覚えていませんが確か、まだ週の初めだったような。なんだかその時の父の返信にショックを覚えました。

そして、外来日の木曜日。もう、母は立てるような状況じゃなかったので親戚の方の車を借り、車椅子で外来に行ったそうです。そしたら速攻入院。脱水症状と髄膜炎を起こしていました。

そしてね、1週間後その脊髄から入った菌が脳へ回りなくなりました。

という、今現在私がまだ覚えている母の出来事をまとめてみました。
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話しは元に戻り、

そして、病院に行ってもよく最初にやるのは血液検査じゃないでしょうか?
そこで色々なことの数値を検査すると思うのですがやっぱり一番医者が気にするところってCRP(炎症反応かな?)と血小板とか白血球とか抗核抗体とかなんでしょうかね?

よくは分からないけれど私の場合はそのあたりの数値を気にされています。
その辺とか他にもあるだろうけれど、その数値を検査で測っていってSLEだと判明していくっぽいです。

でもCRPってやつは風邪を引いただけでも数値はあがったりするみたい。
今は私は小康状態にあっても、風邪をひいてたり、引き気味の状態で血液検査をするとそこは異常な感じにグ~ンっと上がったりします。

自己免疫が異常になってしまう疾患なので、友達には聞かれたときには普通に免疫異常の病気なんだ。って答えてます。だって詳しい事話したからと言っても伝わらないでしょ?

私は今、主に治療中の繊維筋痛症の前にもずっと右の股関節が痛い時期があって何度か、整骨院の先生に「大腿骨頭壊死」を疑われたことがあります。
でも、結局整形外科に行っても骨に異常はありませんって言われて、膠原病内科の先生にその頃聞いても違うみたいだとの判断。

でも、今回の「ミギー」の痛みは繊維筋痛症からなのかそれともSLEでこういう関節系の何かなのかはまだ診察にも言っていないのですが、不安です。

ちなみに、「ミギー」の由来はこちらに書いてあります。

うん~っと私のSLEでの症状ではきっかけは今まで書いた通り。

っで、何度か入院をしているのですが、そのなかでも、めっちゃ低血圧になっていました。
低い値は30を切ります。上の数値でも50代行けばいい方。
それが通院中ず~っと毎回図るたびに続いていてたのですが、入院したとたんに、通常値へ・・・
だからなんともありませんね~って言われて一応念のために血圧を上げる薬を処方しておきますってくらいでした。

いったいなんだったのかわかりません。これもSLEと関係しているのかなぁ?

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長くなってしまったので、精神面がステロイドを飲み始めて壊れていった私の日記は今度にします。

決してSLEって致死率の高い病気ではありません。
しかし、色々な病気を併発しますので、みなさんお気を付けください。
・・・って気を付けていたからってなってしまうものはなってしまうんですけれどね。

とても重い内容になってしまっていますが、読んでくださった皆様。ありがとうございます。

よかったらメッセージ、コメント、また知りたいことなど私でこたえられることであればくださいね

今は自分の体の状況的に、一日にたくさんのことができず、返信が遅くはなってしまうと思いますが、ちゃんと返信しますので。

これからもよろしくお願いします。

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