長い間、アメブロをお休みしていましたが
今日、久しぶりにリニューアルしてみました。
本当にいつ死んでもいいと思っていました。
娘を追い詰め苦しめた言葉や出来事が
毎日寝ても覚めても浮かんできて
何をしていても何かしらの記憶に触れ
常に自分を責め続けました。
夢にうなされ、目覚めては絶望し
タオルを嚙みしめて嗚咽を堪えた夜明けが
何度も何度もありました。
家族に迷惑の掛からない自殺を
真剣に探した日々もありました。
死んでも見つからない
万が一見つかっても、家主や発見場所から金銭の請求が上がらない場所
救急で運ばれても、息を吹き返さないために
必要な時間と条件。
いろんな意見を恐れずに正直なことを言えば
この苦しみを味わうと
癌検査の末に「5年生存率8%」と言われた
あの時は断然、ちょろかった。
自分の存在を消してしまいたいほどに
自分の人生のすべてが
憎く、悍ましく、疎ましく、抹消したかった。
あんなに愛した、あんなに注いだ、あんなに
いつもそばにいて愛してくれた娘を
自分が壊し続けて生きてきたなんて。
癌からは逃れたのに
親しい人たちを見送ってきた私が
いちばん、そんなこと言ってはいけない。
親が自殺、という過去
娘にこれ以上のものを絶対背負わせてはいけないと、わかっていました。
わかっていたのです。
だからこそ、口に出せず
だからこそ、重すぎて耐えられず
本当に、本当に、本当に。
苦しかった。
今でも時々、とてつもなく苦しいです。
娘の夢も、毎日のように見ます。
夢の中で再会して
私は泣いて謝っています。
雨の日でも
晴天の日でも
雪の日でも
地震の時でも
いつもいつも、娘を想う。
こんなに愛していたのに
あの時の私は、それをわかっていなかった。
わかっているように思っていたけど
全然わかっていなかった。
娘のことがわからなくて
正直なところ、重かった。
だから、一緒に考えてくれる人が欲しかった。
ずっとそれを探してた。
でも、そうじゃなかったんだ。
私が本当に探していたものは
自分自身の愛だった。
足りないものは、パートナーが補ってくれるものだと思っていた。
でも、違う。
私の足りないものは
自分で補うべきだった。
それに気付けなかった40年間。
それでも気付けた、今。
結局
自分を助けたのは、自分だった。
前に進む方法を教えてくれたのも自分。
一歩を踏み出したのも自分。
ただ
私は運がいい。
私は、縁も引き寄せる。
絶望の淵で、もがいていた私が
絶対に立ち直ると信じて支え続けた親友がいる。
私の過去の思いと、今を受け止め
一緒に変わろうとする母がいる。
世界に羽ばたいて、世界はこんなに広いと
見せ続ける友達がいる。
だからこそ
私は一歩、また一歩と踏み出すことが出来る。
今の私は
今まで生きてきた中で
いちばん好きな私。
それを作ってくれたのは、もちろん「自分」と
感謝しかない、私の周りの人達と
最愛の娘の、勇敢なる決断だ。
あの時、娘が私を拒否しなかったら
今も私と一緒にいたのなら
今の私は居ないし
娘は今も闇の中に居たのだろう。
私はこれからも
もっともっと、自分を好きになる。
もっともっと、愛する自分を大切にする。
娘には会えなくても
必ず私の生き方は届くと信じてる。