青年団リンク二騎の会『F』(作:宮森さつき、演出:木崎友紀子/こまばアゴラ劇場)

$とっとっと。

病気の女、治療法はある(だろう)のにあえて薬の実験台になることを選ぶ。「お金がもらえるから」、命を買ってもらって感謝している、と。「こっち側」「あっち側」という言葉からは、格差のはげしくなった社会を連想させる。おそらく貧しい「こっち側」の女の側には男の(かたちをした?)アンドロイドがいて、二人(と呼んでいいのか)が四季を感じる、というストレートな話。

普段は演出をしている多田淳之介が今回は俳優として出演。作家、演出家はともに女性、企画したのも出演している端田新菜と、女性が今回の作り手であることは作品になんらかの影響を及ぼしているのだろうか。多田演出のガールズバージョンもちょっと気になる。

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観終わって泣いている人もいたようだけれど、僕は泣かなかったし、泣く理由もよく分からなかった。だからちょっといまいちだった、と直後は思った。でも、それって結局「共感できるか、できないか」という観点のような気がしてちょっと違うかな、とも。

人間の女の子と、アンドロイドの恋、という話だったとすれば、感情を持たないアンドロイドと持っている人間とのずれとか、「行動パターンの学習による蓄積」によって、感情を持たないはずのアンドロイドが感情を持ち始めたように見える、というのが狙いだったのか。


人間は未来を考えてしまう。この場合は、確実に近い将来訪れる死であり、女はそのことを気にしているように見える。それが、たとえば春に桜を見て綺麗だった、とか夏に花火をした、とかそういう或る意味薄っぺらい「思い出」作りにつながる。

それに対してアンドロイドは未来を考えない。刹那的に生きているはずなのに、それより人間のほうが刹那的に見えてくる、というのは少し面白かった。


アンドロイドがなんでもデータベースから引っ張ってくる、というのは新しくて面白かった。


タイトルの「F」は何の「F」だったのだろうか。