オーストラ・マコンドー 1st.オーストラ『三月の5日間』(作:岡田利規、演出:倉本朋幸/赤坂REDTHEATER)

これまで雑記に交ぜて書いていましたが、別に混ぜる意味もないだろうと思って、別にすることにしました。ネタバレは気にしません。

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「三月の5日間」は岡田利規の代表作ですが、その演出、キャストを変えての再演(?)。オリジナルを観ていませんが、だいぶ違うらしいです。確かに小説を読んだ限りでは登場人物あんなにいなかったような? でもノイズが入った「自然」な会話はそのままかな。

 あなたにとって渋谷って何ですか?

どさくさにまぎれて放たれる台詞ですが、壁一面に映される渋谷の映像(いろんな人、といっても若者ばかりが上記の質問に答える、なんていってるかは正直分からない)と加えて、渋谷=雑然とした日常、というイメージが喚起されます。

そして、今回の主役は、実はラブホで過ごす男女ではなく、戦争反対のデモに参加する男二人組ではなかったでしょうか。原作(小説)では、イラク戦争が始まるときにラブホに入った二人が、テレビとかを全く観ないで外の世界と隔絶されて過ごしますが、逆にこのデモも雑踏の中に現れた非日常の世界、という意味では同じです。

さらに、二人にとって、共通の友人であるスズキが途中でいなくなり、初対面の二人が残される、という状況も非日常性を加速させます。そこの違和感たっぷりの会話が僕には面白かったです。あるなあ、こういう沈黙、みたいな。

後日スズキの家に三人で集まり、デモの話をするとき、参加した二人は参加しなかったスズキとは違う、となぜか思っています。いや、思っていたのは片方だけかもしれない。「俺たちは人間的にレベルアップしたんだ」。

しかし、戦争の恐怖、とかを仰々しく語るわりに、実際に「捕虜ごっこ」の被害者になったスズキのほうが、「なんか、戦争の恐怖分かったわ。ありがとう」と実感とともに語ります。

二人がご飯をスズキに奢ろうとするのは、スズキで「遊んだ」罪悪感だけでなくて、結局自分たちが変わっていないことへの恐怖からだったんじゃないかな、と思いました。


本筋と関係ないけど、戦争で一番怖いのは「捕虜になること」というのは、ちょっと分かるな、と。だって死ぬのはそりゃ怖いけど、死んだら終わりだしね。捕虜はそのあとがあるからね。うーん。