お坊さんが見えた時にすったもんだはしたが、友達が姉の配偶者と話してくれて男は帰った。

お経が終わり、2通の封筒に志と戒名代を分けてお渡しした。

相場がわからないのと古くからお付き合いのあるお寺なので、とそれなりの金額を入れたのだが友達に相談するとその半分でいい、あとは子供たちにつかえば?と言われて素直にそうした😅

しかし驚いたのは領収書が無かったことだ。

自分の職場のミニスーパーなら1円の買い物だってレシートを渡すのに…とビックリ&ハテナマークが2本、頭にピン❗️ピン❗️と立ったのである。

その日は朝からバタバタと忙しかったが、斎場に行く前に流しに朝の丼や箸をそのままにして行くのは母がイヤがるような気がして急いで洗い物をし、着替えや最低限の化粧、髪を整えるのも超特急、帰ったら男とのすったもんだでホトホトくたびれて、気分転換に街の外れの可愛らしいカフェを4人で訪れた☕️

そこで命の洗濯をしてから友達が家まで送ってくれて彼女は帰った。

そして次の日娘が帰り、息子が帰り(何故バラバラだったか、細かいことを忘れた…)

そして夫が残っていた片付けのために来た。

悲しむ暇もなくとにかく家を空っぽにするという使命感(?)で何から何まですっかり処分、大きな物は業者に頼み、新しい扇風機はケアマネのNさんに差し上げ、テレビや冷蔵庫や自転車は電器屋さんが持って行ってくださり(なんと裏玄関に置いてあった生ゴミの袋まで引き受けてくださった、本当に有り難くて有り難くて…😭)
綺麗さっぱりと空になった実家を母のお骨を抱いてあとにした。
姉の納骨で行った日から5週間経っていた。

自宅に戻ってから1週間かもっと、私は力尽きてほぼ自室で横になっていた。

少しは起きて何かしたはずだがあまり記憶がない。

6月に姉が亡くなったのは私たちが帰る日の早朝で、ギリギリ飛行機をキャンセルできたし、母も子供たちが飛行場に着く直前に息を引き取ったので戻って来られた。

姉の時も母の時も飛行機に乗ってしまったら降りられないので、羽田に着いてからまたUターンしなくてはならなかった。

その母が急遽入院したのは姉の納骨の日で、それまでは胃がんだなんて思ってもいなかった。

もし病気だと分からなければ母を一人置いて私はこちらに帰って来たのだし、そのあとに具合が悪くなっていたらまた行く必要があった。

語弊はあるが私たち家族にとっては何度も行ったり来たりしなくて済む状況になっていたのは何かの導きかのように思われて仕方がなかった。