1年電子科には気がかりな生徒がいた。


先の記事にも書いた4人の女子のうちの1人、千尋である。


入学後しばらく経ってから千尋は急激に変わって行った。


恰好も一気に派手になった。


元気もなく常に怠そうにしている。


何もかもどうでもよくなってしまったかのような投げ槍感を醸し出している。


そして、いつも一緒にいるメンバーから離れて、ポツンと一人でいるようになった。


なぜ一緒にいないのかと聞いても話をはぐらかす。(理由は他の女子から聞いたが・・・)


また僕と話すときの話し方や態度も変わった。


その話し方は何というか・・・


何というか娼婦としゃべってるみたいだった。


それもブラウスのボタンもいくつも外して胸がはだけていて、


スカートもうんと短くして、足を組んだり、拡げたり、


男を前にして普通そんな恰好しないと思うのだが、、、、


見るに見かねて「千尋、俺はこれでも男だぞ?目のやり場に困る。その恰好なんとかしろ」


「はーい♪」


狼狽している僕の心を見透かしたように笑っている。


完全に男を弄ぶ女と化してしまったのである。


本当に突然、彼女は変わってしまったのである。


それまでは、本当に純粋で清純なイメージだったのに。


ある日の事


電子科に授業に行くと、廊下側の1番後ろの席で千尋が泣いている。


「どうしたんだ千尋?」


何を聞いても嗚咽を上げるだけで答えない千尋


以前、記事にも書いたが、この学校の英国数の授業はすべてTT授業


つまり二人でひとつの授業を持っている。


もう一人の僕より1年早く入った相方の女性教諭の茜先生が


「先生、ほっといていいですよ。」と言う。


しかし、千尋のこんな姿は初めて見る。


これは尋常ではない。


すると、千尋は茜先生の一言に逆上したのか、涙を流しながら「もう帰る!」と言って、走って廊下に飛び出して行った。


僕はすぐさま追いかけた。


相方の茜先生が「追いかけないでいいです」と叫んでいる声を背にして僕は千尋を追いかけた。


生徒たちがどよめいているのもわかった。


それでも千尋を追いかけた。


胸騒ぎがしてならなかった。


(もしかしたら自殺しちゃうかも・・・・いや、自殺しないまでも正気を失った状態で駆けている千尋が車にでも轢かれたらどうしよう!)


不吉なことが次から次へと浮かんでくる。


学校を出て200メートルぐらい行ったところにある酒屋の前で千尋を捕まえた。


必死に逃げ出そうとする野生動物を捕まえるが如く、千尋のか細い腕を力強く握りしめた。


「痛い!」


慌てて握っていた腕を放した。


「どこ行くんだ千尋!一体何があったんだ?」


「先生には関係ないでしょ!」


「関係ねえワケねーだろ!」


「関係ないから!」


そこでまた号泣する千尋・・・


彼女が取り乱した理由


その1つは人間関係


そして、彼女が一切言おうとしなかった理由


言えるはずもない理由


彼女が最近、恰好から何から豹変してしまった理由


それはおそらく前の記事「おぞましい実態2」で書いたようなことが原因なのかもしれない。


とても今日は授業を受けられる状態ではない。


教室に戻れる状態でもない。


そう思いながらも彼女を学校へ連れて帰ることにした。


そして一部始終を担任に伝え、千尋を担任に引き渡し、電子科の教室に戻った。


(千尋・・・一体どうしたらいいんだ・・・俺は何をしてあげられるんだ?)


そんなことをもやもや考えながら・・・


教室へ着くとほぼ同時に授業終了のチャイムが鳴った。


相方の茜先生はムッとした表情で僕の方へ歩いてきて、こう言った。


「先生、授業をほっぽらかして一人の生徒を追うって何考えてるんですか?授業と一人の生徒どっちが大事なんですか?」


「一人の生徒です。あのまま彼女を放って、彼女が事件や事故に巻き込まれたら大変だと思って・・・だから彼女を追いかけました。」


「じゃあ、あなたは他の生徒を放って、他の生徒がどうなっても良いのですか?」


「放っていません。ほかの生徒は茜先生に任せたのですから!それに僕がいなくなったことで授業中に教室の中で生徒が死にますか?茜先生もいるのに!」


「あなたがいなくなったことで、その後の授業もうるさくて台無しでしたよ!」


「なぜ、黙るよう注意しないんですか?いつも僕が怒鳴って彼らを注意していますけど、僕がいなければ先生が注意すればいいじゃないですか!僕は彼らを黙らせる係ですか?何のためのTTですか?二人でないと生徒を押さえつけられないからですか?今回みたいな緊急事態の時に臨機応変の柔軟な対応が出来るのがTTの強みじゃないんですか?」


僕はここぞとばかりに日頃から胸に秘めていた思いをぶつけた。


相方の茜先生は返す言葉もなく、ムッとした表情のまま早歩きで立ち去って行った。


この一部始終を見ていた生徒たちから「ドンマイ!」と励まされたが、僕の気持ちは曇っていた。


その日は1日浮かない気分で過ごし、帰宅後、気晴らしにバイクで出かけた。


いくつもの峠を越えて・・・


夜遅く帰宅し、玄関のドアを開けると、玄関にある電話が赤く点滅している。


(留守電だ・・・誰だろう・・・うちの親かな?婆ちゃんかな?」


留守電を再生すると・・・


女性のすすり泣く声



うわっ こわっ!


真っ暗な玄関で留守電から響く女性のすすり泣く声・・・


幽霊から電話が来たのかと思ってゾッとしてしまった。


そして、しばらく鳴き声が続いた後、その「幽霊」はこう言った。


「先生・・・今日は本当にごめんなさい・・・本当にありがとう・・・」


ここで初めて気づいた。


この声は幽霊ではなく、千尋であったと。


翌日、千尋は何もなかったかのように笑顔で挨拶してきた。


(良かった・・・取り敢えず良かった・・・)


しかし、その翌月、彼女は退学してしまった。