長い長い逃亡生活の果て
末期がんを患い
名前を明かし 死んでいった男
「桐島聡」
1970年代
東アジア反日武装戦線のメンバ-で
各地で爆弾テロを起こした指名手配犯
その顔写真はいつまでも交番や駅で見られた
みんなよく知ってる顔だ
その男が半世紀もの間 国内に潜伏して
がんを患い入院 死を前にして名乗り出た
なんという人生だろうか
若気の至り と言うにはあまりにも
その代償は大きかった
* * * *
1974年8月
その時俺は高校生だった
日比谷図書館で勉強していた
日比谷通りにサイレンがけたたましく響いた
いつまでも鳴りやまない
いったい何事が起きたのか
只ならぬ事態と思った
それは丸の内三菱重工ビルの爆破事件だった
今その現場 丸の内仲通りは 都内随一の
綺麗なオフィス街になっている
桐島聡はこれには関与していないようだが
一連の企業爆破の関連人物として
全国に指名手配されたのだ
それから半世紀
名前を捨て 家族を捨て 友を捨て
全てを捨てて
別人となって生きてきた
免許無し 健康保険も無し 銀行口座も無し
住民票も無ければ 納税も選挙権も無い
勿論 コロナワクチンなど受けられる筈も無く
どうやって仕事に就き 住居を借りたのか
工務店からの給料は毎月現金で貰っていた
というが そんな事が可能なのか
およそ日本人として社会的に認知されていない
架空の人物「内田洋」として
この日本でどうやって生きてこられたのか
12年前 オウムの信者 平田信が
17年の逃亡の果て出頭してきた
その時も その長い逃亡生活に
大変興味を持ったが
今度は49年
ジャングルの中で横井さんは27年
小野田さんは30年だ
都会の片隅で ひっそり息を潜め49年
恐ろしいほどの孤独に耐え
その”虚構の人生”
如何に空しく過酷だったか
本人にしか分からない
死ぬ前にもう一度名乗りたかったのだろう
本当の名を 「俺は桐島聡だ」 と
若気の至り とは言え若干二十歳にして
桐島聡という人生を棒に振ってしまった
* * *
今、闇バイトに手を染め
簡単に人生を棒に振る若者がいる
ただ一度の人生
罪に落ちたその"時"は二度と戻らない
その生き様
努々(ゆめゆめ)忘れるべからず
人生を捨てた名も無き男への レクイエム