あつこです。

 

こちらへ来たのは

ずいぶん久しぶりとなりました。

 

最近、感じたことを

書き留めておきたくて。

 


年末に、

宮崎県の高千穂に行ってきました。


たかちほ、という言葉の響きが魅力的で、

一度は訪れたい場所のひとつでした。

 

なんとなく、今だなという感じがして、

年末に訪れることにしたのです。

 

高千穂といえば、

高千穂峡が有名ですね。



そして、神話の聖地としても。

 

天照大神(あまてらすおおみかみ)の

孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が

地上に降り立ち、

その地を「高千穂」と名付けたこと。



天照大神が隠れこもったと伝えられられる

洞窟があること。



天照大神が隠れこもったため、

世の中が真っ暗になり、

困った神々が相談のために

集まったとされる天安河原(あまのやすかわら)。



それらの神話に触れ、

場所を訪れたあと、

神様って本当にいるんだなーと

その存在を感じられたことが

わたしにとって大きな出来事。

 

いつも見守られている

安心感が強くなったのです。

 

自分自身に対して、

どんなことも肯定できている。

 

自分が感じたことを大切にできている。

 

うまくいかなかったことも

それは良い方向へ行く通過点と

素直に思える。

 

嫌なことは嫌と言う。

 

やりたくないことは

やりたくないと言う。

 

何もできない、

何も持ってない自分を

愛おしく思う。

 

何かをまとう必要がないことを理解した。

 

イロイロ言葉にしてみたけれど、

どんなことも愛がそこにある、 

ことを感じることができたのです。


常に見守られている感覚、

それは自分との繋がりの強化。

 

なぜなら、

自分も神の一部だから。

 

自分だけじゃなく、家族、友人知人……

すべての人がそう。


まぁ、

神にもいろんなタイプがいるけどね 笑。


そう感じるようになったら、

この世はとても優しい世界。


リラックスした世界にいることが

できています。

 


夜神楽、の伝統が

高千穂にあるのですが、

これもまたすごい!

 

すごいとこでした、高千穂。



 

 

あつこです。

 

今日11月8日は、

皆既月食と

4000年に一度という天王星食が

同時に起こるという、

パワフルな満月なんですってね。

 

あちらこちらで

その記事を目にして、

わくわくしている私です。

 

 

こんな素晴らしい日に

書きたくなったこと。

 

それは今年5月に受けた

フラワーエッセンスの

ワークショップのこと。

 

まだ11月ではあるけれど、

今年1年を振り返ってみたら、

このワークショップでのことが

私の大きな変化となったキッカケでした。

 

そのワークショップは

不定期で開催されていて、

その時が初参加。

 

主宰されているかたにお会いしたのは

2度目だったのだけど、

初めてお会いした時の印象が

とてもしっくりして、

参加することにした。

 

人との出会いって

面白いですよね。

 

 

さて、

そのワークショップの

その時のテーマが

「自分を無条件で愛すること」

でした。

 

いろんなお話をしてくださり、

ワークなどもやったのですが、

その時の私は

「自分を全肯定するのは難しい…」

と感じていました。

 

そして最後、

自宅でのワークを伝えてくださいました。

 

それを取り組んだ結果、

今の私がいるわけですが、

 

自分を全肯定することを

難しく感じていたことが嘘のように、

自分をすっきりと認められているんです。

 

時々はありますよ。

 

「なんで私こうなんだろう…」

という落ち込みが。

 

でもそれも、

うんうん、そうだよね、

それは落ち込むよね、

と、くすっと笑ってしまうような

小さなこと。

 

なぜ、自分を認められるようになったのか。

 

それは、許したから、なんです。

 

自分のすべてを

許せるようになったから。

 

どんなことがあっても。

 

そうしたら、とても、

とても、気持ちよくいることが

できています。

 

 

それは簡単なワークでした。

 

ワークの内容を書くつもりでいたのですが、

ここで書くことじゃないな…

と思ったので、

今は書かないでおきます。

 

ざっくり書いてしまうと

自分自身について、

一番許せないこと

一番許したいこと、

を見つける。

 

それだけです。

 

それだけで、

私はいろんな自分を許せるように

なったと思います。

 

しょっちゅう、

こんな風に感じてはイケナイと

ジャッジはするし、

気持ちにふたをしてしまうこともある。

 

人を嫌いになるし、

人と比較して落ち込んでる。

 

人の幸せを素直に喜べない自分がいる。

 

でも、それでもいいんだよ、

と自分にオッケーを出せてる自分がいる。

 

自分にオッケーを出せるなんて、

そんな幸せなことはありません。

 

許せない時期も

オッケーを出せない時期も

ありました。

 

でも、それはそれでいい、

とほおっておきました。

 

そうしたら、

少しずつ、

変わっていったのかもしれないです。

 

 

そして、今、思うこと。

 

やると決めたことは、

教えられた通り、

真剣に取り組む。

 

私はワークに真剣に取り組んだからこそ、

変化を実感できました。

 

これは私のこれからの

大きな指針となりそうです。



素敵な満月を♡

 

 

最後までお読みいただき

ありがとうございました!

 

 

あつこです。

 

今年の夏に

素敵な出会いがありました。

 

ふと立ち寄ったショッピングモールで

開催されていた

アクセサリーの期間限定ショップ。

 

そこに座っていらっしゃった作家さんが

魅力的で引き寄せられたし、

並んだアクセサリーにも

心が躍った。

 

そのなかのひとつ、

レインボームーンストーンの

ネックレスに強烈に惹かれ、

購入した。




作家さんといろんなお話しをして、

とてもエネルギーが高くパワーのあるかたで、

ネックレスを手にできたことも

嬉しかったのだが、

その作家さんとの出会いが

本当にうれしかった。

 

そして、先月。

 

その作家さんが、

私がたまに行く街で、

個展を開くというのだ。

 

そのかたは今、

アクセサリー製作のほか、

絵も描いている。

 

またお会いしたいとずっと思っていたので、

個展の開催を知ったときは、

とてもうれしかった。

 

個展に足を運び、

そこはまた

素敵なエネルギーに溢れていた。

 

明るくて、清らかで、愛の溢れる空間。

 

そこに居るだけで、

ただただ幸せな感じ。

 

そこでまた、

私はひとつのネックレスに

すごく惹かれてしまったのだ。

 

この前買ったし…

と悩んだのだが、

どうしても欲しい。

 

これが私以外の

誰かのものになるなんて、

嫌だと思った。

 

買うことに決めた!

 

それは、

ルチルクオーツという

クリスタルで、

中に金色の針状の鉱物が存在している。

 



自然がつくったもの。

 

とてもきれい。

 

作家さんが伝えてくれた。

 

この前のレインボームーンストーンは

自分の内側に向かわせてくれるもの。

このルチルクオーツは、

外へと向かう

エネルギーとなってくれるものよ。

 

そう、夏頃は、確かに

内側を見るものを

必要としていたかもしれない。

 

そのおかげかどうか、

いろんな自分に気づいた。

 

きっと、それが一段落して、

このルチルクオーツが必要となったのだろう。

 

自然と惹かれたものが

そのように

自分をサポートしてくれるものだと知って、

選んだ自分が誇らしくなる。

 

無意識は

必要なものをちゃんと教えてくれる。

 

いつかまた、

内側に向かうエネルギーを持つ

レインボームーンストーンを

身に着けたくなる日もあるだろう。

 

その時はそれが必要なのだ。

 

自分の感覚に素直でいようと思う。

 

自分の感覚を信じること。

 

近頃、それができてきたような気がします。

 

最後までお読みいただき

ありがとうございました!

 

 

あつこです。

 

ずいぶん前ですが、ある夢を見たのです。

 

夢、というより、

映像のようなはっきりしたもの。



 それは、私がはるか上のほうから眺めた

地球での人々の様子でした。

 

そこには、それぞれ自分の役割を

楽しそうに果たしている人々の姿。

 

仕事をしている人もいたし、

していない人もいましたが、

みんな笑顔で、

イキイキしていました。

 

なんらかの理由で、

病院のベッドで寝ている人もいました。

 

でも、幸せそうな顔をしているんです。

 

看護師さんたちのお世話を受けて

幸せそうでしたし、

看護師さんたちはお世話ができて、

幸せそうでした。

 

愛に溢れていて、

素敵な世の中でしたね。



その夢を思い出しながら、

今、私が感じるのは、

それぞれが自分の存在を受け入れていた

ということ。

 

何か得意なことがある人はそれをやり、

それを受け取るひとがいる。

 

でも、

何にもできなくても、それでいい。

 

否定も批判も比較もありませんでした。

 

誰かの役に立っているとか、

必要とされているかとか、

そんなことはまったく考えていなくて、

ただ存在しているだけで

いいんだということをみんなが知っている。

 

人はひとりでは生きていません。

 

存在しているだけで

確実に誰か役に立ち、

誰かに必要とされているのです。

 

たとえば、

何かを買ったり、食べたりして、

代金を払ったら、

そのお店の役に立っているし、

その店だけじゃく、

生産者さん、流通業者さん、などなど

たくさんの人に繋がって、

役にたっていますよね。

 

そう思うと、

焦りから始めるようなことや、

自分に自信をつけるためにだけ

人から認められるためにだけ

やろうとしていることは、

やらなくてもいいことがわかります。

 

ただ存在しているだけで充分。

 


しかし、そうはいっても、

なかなかそう思えないこともありますよね。

 

でも、そうなのです。

 

少しづつ、少しづつ、

でよいので、

イロイロをそぎ落とした

素の自分を受け入れていってください。

 

その方法については、

私が教えてもらって試した方法で

よかったものをいつか書きますね。

 

 

最後までお読みいただき

ありがとうございました!

 

 

あつこです。

 

さて、先日、母からある話を聞きました。

 

母には老人ホームに入所している友人がいるのですが、

その友人と電話でこんな会話をしたそうです。

 

母:「そろそろお昼だね」

友人:「お昼は何食べるの?」

母:「ざるそばでも食べようかな」

友人:「いいなぁ」

 

母は友人がざるそばが食べたいのかと思ったらしい。

 

けれど、そうでなくて、

好きなものを好きな時間に食べられること

が羨ましかったのですって。

 

ホームでは、

食事の内容も、食事の時間も決まっているのでしょうね。

 

3食作ってもらえていいなぁ、なんて、

料理があまり好きではない私は思っちゃうのだけど、

 

自分の食べたいものを

食べたいときに食べられるって、

当たり前のように感じているけれど、

そうではないんですね。


ホームに入っている以外でも、

さまざまな理由で

それができないひとが大勢いることでしょう。

 

自由に食べられることがいかに有難いことなのか。


私などはおかげさまで健康体なので、

何も考えず、

食べたいものをパクパク食べてますが、

それは奇跡のようなことかもしれない、

と感じましたね。



「当たり前なことはない」

とよく言いますが、本当にそう。


けれど、わかっていても、

その有難さはすぐ忘れてどこかへ行ってしまいます。

 

なので、時折、

こうして会話や本などに現れてきたことを

ああ、そうだな、そうだったな、

と思い出すことが大事かなと思います。


さて、今日の晩御飯はどうしようかな。

 

面倒なメニュー決めも、

したいのに出来ない人にとっては、

きっと羨ましい行為。

 

これは有難いことなんだ!って

リキむ必要はないけれど、

心の片隅に置いて、

面倒だなーと思った時に取り出して、

ゆったりした気持ちで居たいなと思いました。



とりとめのない話しでしたが…

最後までお読みいただき

ありがとうございました!